2024/1/25

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オメル・メイール・ヴェルバー ウィーンからの公演レポート

 3月13、14日サントリーホールでの、ウィーン交響楽団との共演に期待が高まるマエストロ・オメル・メイール・ヴェルバー。世界中で休む間もなく活躍し、聴き手のニーズが厳しい「音楽の都」ウィーンですら引っ張りだこだ。同じウィーン交響楽団との「第九」を含む、オーストリアでの3公演を取材した。

執筆:平野玲音(オーストリア在住/チェリスト・文筆家)

音楽界に熱い議論を巻き起こす! ウィーン交響楽団との「第九」

 2023年12月30日、ウィーン・コンツェルトハウス大ホールにて、オメル・メイール・ヴェルバーはウィーン交響楽団のベートーヴェン「第九」公演を指揮。大晦日と元旦にもある恒例のコンサートだが、この日だけは「第九」の真ん中に(!)、エラ・ミルヒ=シェリフの俳優と管弦楽のためのモノドラマ《永遠の異邦人》が配置された。

 オーストリア初演となったこの作品は、ベートーヴェンが1821年9月に旅の途上で見たという、一つの夢に基づいている。シリアまでもインドまでも旅をして、最終的にエルサレムにたどり着いた「楽聖」の夢。ベートーヴェンは西洋哲学のみならず、インド思想などにも造詣が深かったから、その精神世界に浸れる貴重な一夜というわけだ。
 「第九」の第1楽章は、ウィーン風の優美な音で、自然に素朴に綴られていく。テンポが速く、表現を練り上げるまでの時間は無いが、作品自体が明確に見え、初演の現場にいるかのような気持ちになった。続く第2楽章も、ティンパニなどが気ままに音量を変え、機械的にならないところはいかにもウィーンらしい。トリオでは、オーボエが実に自由に即興的に演奏し、自然の中の鳥の歌を思わせた。
そこまで隙が無かっただけに、第2楽章の最後で大きくリタルダンド(だんだん遅く)した時は、「何が起きたのだろう?」と驚いた(一瞬後には、《永遠の異邦人》が入るのだったと思い出したが)。ミルヒ=シェリフの作品は、冒頭のコントラバスなど、オーケストラの魅力を引き出す美しい曲。俳優イーライ・ダンカーも歌うような語り口で、うまく空気に溶け込んでいた。
 人間や自然への愛を語ったモノドラマに続いたためか、この日の第3楽章は、何とも優しく温かく、人間的に感じられた。ヴェルバー自身は「パトス(情念)を極力無くして演奏したい」と述べていたが――イスラエル人として、一人の人間として――平和を求める切なる思いが音に昇華されていた。第4楽章冒頭の、低弦によるレチタティーヴォも見事に「語り」に聴こえたし、すべての場面に意味がある、空前絶後の「第九」となった。
 多くの聴衆たちは熱狂したが、「第九」が途切れたことへの不満だろうか、一部からはブーイング。ヴェルバーが意見を問うかのように耳を澄ませる身振りをすると、ホールはさらにヒートアップし、拍手とブラヴォーのみの嵐となった。現地の批評も両極端に割れたようだが、ベートーヴェンの時代にはプログラミングが今よりはるかに自由だったし、筆者は何より音楽的に納得できた。話題作りの皮相な企画でなかったことは、力を込めてお伝えしたい。

ウィーン・フォルクスオーパーの《魔笛》と《ワルキューレ》

 年明け1月7日には、ウィーン・フォルクスオーパーで、モーツァルトのオペラ《魔笛》を鑑賞。オメル・メイール・ヴェルバー指揮の《魔笛》は「速い」と有名で、音楽監督就任当初は「ウィーンの《魔笛》がきれいじゃないなんて……」との嘆きの声も耳にしていた。しかしフォルクスオーパー管弦楽団は、回を重ねてスピード感に馴染んだ模様。この日の序曲は文句なしにまとまっており、音楽的にもギュッと凝縮されていた。


《魔笛》を指揮するヴェルバー

 第1幕には歌手が遅れる箇所や、早回しで聴いているかのような箇所もあったが、第2幕ではだいぶテンポが落ち着いた。もしかするとヴェルバーは、「カオスに発し、試練を乗り越え大団円へ」の大きな流れを強調したのでは? インゲ・クレプファーとの共著『恐れ、リスク、そして愛――モーツァルトとの幾多の瞬間』(原題『Die Angst, das Risiko und die Liebe – Momente mit Mozart』)の中で、「《フィガロの結婚》の鍵となるのは伯爵夫人の許しの場面」と述べた彼。巨大な視野で、大作《魔笛》が軽く短く感じられ、子供たちもすっかり夢中になっていた。
 1月16日には同劇場で、ワーグナーの楽劇《ワルキューレ》を耳で体験。コンサート形式、第1幕のみという、ごく珍しい催しだった。《魔笛》についても言えることだが、《ニーベルングの指環》を論じた書物が多すぎるため、二次資料を一時離れ「言葉、音符、それら二つの関係」のみに光を当てたい。――主催者側のその意図通り、心を無にして曲の魅力を堪能できた。


《ワルキューレ》への拍手に応えて

 印象的だったのは、ジークムントが剣に思いを致すシーンの、弦楽器群の激しいトレモロ(音を素早く反復する奏法)。舞台上のオーケストラの動きが見える利点もあって、「ここを境に流れが変わる」と非常にわかりやすかった。その後の剣の輝かしさや、ジークムントの双子の妹ジークリンデの愛情深さは、演出なしでも十二分に心に迫る。観客席は「途中まで」とは思えないほど盛り上がり、カーテンのないカーテンコールが幾度も続いた。

ヴェルバー氏《直前インタビュー》はこちら

《公演情報》
楽都ウィーンの名門 注目の指揮者ヴェルバーと共に謳いあげる薫り高い響き
オメル・メイール・ヴェルバー指揮 ウィーン交響楽団
2024年3月13日(水) 19:00 サントリーホール [河村尚子 (ピアノ) 出演]
2024年3月14日(木) 19:00 サントリーホール
https://www.japanarts.co.jp/concert/p2061/

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