2024/1/24

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ウィーン交響楽団指揮者 オメル・メイール・ヴェルバー《直前インタビュー》

 指揮者オメル・メイール・ヴェルバーは、決して型にはまらない、個性的なパフォーマンスで世界中の耳目を集める逸材だ。来日機会が多くないため、3月13、14日サントリーホールでの、ウィーン交響楽団とのコンサートを逃す手はない! ウィーン流のベートーヴェンから日本に対する思いまで――2023年12月30日、同楽団とのベートーヴェン:「第九」公演直前に、ウィーン・コンツェルトハウスの楽屋を訪ねて話を聞いた。

取材:平野玲音(オーストリア在住/チェリスト・文筆家)

Q. 本日は、本番前の貴重なお時間を割いてくださりありがとうございます。マエストロ・ヴェルバーは大変幅広いレパートリーをお持ちですが、今日、そして3月の日本公演でも演奏なさるベートーヴェンは、マエストロにとりどのような存在ですか?
ヴェルバー:ベートーヴェンはどの音楽家にとっても重要な存在ですが、どう重要なのかの意味合いは、毎年、毎週変わってきます。それはどの作曲家にも言えることかというと、決してそうではありません。たとえば、30歳の頃に夢中だったストラヴィンスキーなどの作曲家たちは、もう退屈な存在に。しかしベートーヴェンは、人生のどの年代でも大きな意味を持ち続けます。とりわけ彼の交響曲は、有名なのに何度演奏しても難しくて複雑で、オートマティックには行かない。たとえて言えば「旅」のようです。

Q. ベートーヴェンの交響曲「第九」を通して、聴衆に何を伝えたいですか?
ヴェルバー:バーンスタインは1989年にベルリンの壁が崩壊した時に、フルトヴェングラーは1942年のヒットラーの誕生日に際し、それぞれ「第九」を指揮しています。この交響曲が歴史の中でどんな意味を持ってきたのかは、大変興味深いです。良くも悪しくも大きなパトス(情念)を背後に抱える「第九」ですが、政治的に、残念ながら「壁」よりも「誕生日」に近づいている今日のコンサートでは、パトスを極力無くして演奏したい。細かなテンポ設定などを通して、音楽的な新たな視点を提示したいと願っています。

Q. マエストロ・ヴェルバーは、指揮者であるだけでなく、作曲家でもいらっしゃいます。このことは、指揮にどんな影響を与えていますか?
ヴェルバー:ここ数年、作曲はしていないのですが、小説などを2冊書き、約半年後には別の著書も出版されます。これはいわば、私のもう一つの世界です。作曲と指揮との関係も、もちろん密接。私は作曲家でもあるために、総譜に「作曲者を超えるもの」を読み取れるかもしれません。つまり、総譜に常に、内的なメカニズムやテクスチュアを探しているのです。また、作曲家が書くことは、重要であると同時にまったく重要でないことも知っています。作曲しない人々が「作曲家が書いたことは神聖だ」と考えてしまうのは問題で、何もかもが神聖ではない。指揮者としての自分にとって神聖なものは何も無く、私は自分がしたいことをする。総譜はスタート地点でしかなく、作曲家が何を考え、何をしたかったのかは重要ではありません。重要なのは私が何をしたくて探しているか、昨日でも明日でもない今日、何を美しいと感じるか。非常に衝動的な事柄です。

Q. 私もこれまで何度か聴かせていただいて、舞台でいわば「即興」なさっているかのような印象を受けておりました。
ヴェルバー:そして私は、コンサートで自由になれるように、事前にいろいろ試しています。リハーサルで明確なアイディアを示しすぎると、コンサートで新たなものが来た時に、動く余地がありません。ある時は遅く、あるいは速く、短く、長く……とリハーサルしておけば、オーケストラは「コンサートで何かが起こりうる」と待ち構えていてくれます。

Q. どう指揮なさっても、反応してくれるわけですね。ところで、ウィーンの街はお好きですか?
ヴェルバー:もちろんです。

Q. それはなぜ?
ヴェルバー:(微笑みながら)なぜかって? ウィーンは今も「音楽の都」であって、ベートーヴェンに関して言えば、街のどの通りを歩いても、彼の家に出くわすようなもの。ベートーヴェンはごく頻繁に引っ越したため、ウィーンには48もの彼の住居があったのです! 私の住居がある区では、シュテファン・ツヴァイクが生まれましたし、シューベルトの街でもありますし……これはウィーンだけの特色でしょう。ドイツ風とイタリア風がミックスされた雰囲気も、すばらしいと思います。ウィーンの人々は、ユーモアに満ちており、物事を真面目に深く考えすぎない。

Q. ウィーン・フォルクスオーパーの音楽監督としての日々はいかがでしたか? この仕事を通して新たに発見なさったことは?
ヴェルバー:まずは多くのレパートリー。オーケストラのレパートリーが幅広いため、ミュージカルから《サロメ》まで、あらゆるものがうまく行きます。ウィーンには他にも多くの劇場やオーケストラがあり、すべてが生き生きしているのも良いですね。聴衆たちに大きな可能性が開かれていて、この街ではまだ、劇場が大きな意味を持っている――そんな空気があるのです。

Q. ウィーン交響楽団との関係、あるいは相性は?

ヴェルバー:もう5、6年になるでしょうか、ウィーンでもツアーでも、定期的に実にたくさん共演しています。トップ・レヴェルであると同時に、軽やかさや柔軟性に満ちています。ウィーン交響楽団は、柔軟性や衝動性を理解しており、「毎晩違う」演奏を楽しんですらいるために、音楽作りが非常にうまく行くのです。

Q. ウィーンの演奏家たちも、非常に自由に弾きますものね。そうした多忙な指揮活動に、作家活動。どう時間をやりくりなさるのですか?
ヴェルバー:早起きします。睡眠時間はたいてい6時間以下。7時間寝られればいいほうですね。

Q. (あるとすればですが)余暇には何を?
ヴェルバー:本をたくさん読んでいます。その他、たとえば来週には娘とスキーに行きますよ。手にかかっている保険がカヴァーしないため、私は滑れず見るだけなのですが。

Q. それはお気の毒ですね! それでも楽しまれることをお祈りしています、スキーを――
ヴェルバー:見物するのをね(笑)、ありがとう。

Q. 2024年がどんな年になることを望みますか?
ヴェルバー:イスラエル人としましては、今大きな問題が起き、パレスチナとイスラエル両方の側にリーダーシップが欠けているため、適切な人々が解決策を見つけることが切なる願望。イスラエルとパレスチナの両方に、あまりに多くの友がいますので……。それ以外では、日本ツアーや、初めて指揮する《トリスタンとイゾルデ》などの多くのプロジェクト。約1年半後にはハンブルク州立歌劇場の音楽総監督の仕事が始まる、その準備も楽しみです。

Q. 日本には、何回いらしたことがあるのですか?
ヴェルバー:スカラ座ツアーと、サイトウ・キネン・フェスティバル松本での《サロメ》の2回です。《サロメ》の折には、当時体調がすぐれなかった小澤征爾がバレンボイムに「誰か若くて興味深い指揮者はいないか」と電話をかけて、バレンボイムが「私のアシスタントがすばらしいから呼ぶといいよ!」と私を推薦してくださいました。それ以外にも、ツーリストとして何度か訪れています。

Q. わざわざ観光目的で? 日本人として、それは大変光栄です。
ヴェルバー:仕事で行った時には、たとえば京都は見られませんでしたので。日本には多くの知人がいますし、日本の文化はすばらしい。私の家には日本のアートがたくさんありますよ。自然と深くかかわる思想、木で作られた芸術品――そうしたものが大好きなのです。日本の映画もたくさん見ますし、盆栽も好き。ある盆栽アーティストをインスタグラムでフォローしているほどですが、その作品は、伝統的でありながら驚くほどにモダンです。そうしたところに、音楽家として通じるものを感じます。(平野注:この後も、心打たれた日本映画の情報などをスマートフォンで一生懸命探してくださいました)

Q. 日本ツアーを楽しみにしていらっしゃる、お客様へのメッセージをお願いします。
ヴェルバー:とても衝動的で、自由に満ちたツアーになるはず。もし2、3のコンサートをお聴きになったら、同じプログラムであったとしても、毎回異なる経験をなさるでしょう。正直に申しますと、今日ではどのオーケストラも――レヴェルはとても高いのですが――ほぼ同様に響きます。しかしウィーン交響楽団は、他のオーケストラには無い特殊な響きやキャラクターを持っている。そのウィーン独自の響きや即興性は、ベートーヴェンだけでなく、ブラームスにもよく合いますね。100人で「衝動的」に演奏するのは簡単ではないのですが、こんなに大きなグループに、新たな空気や性質などが見えてくるのは格別です。「この晩だけに聴けるもの」、何かとても生き生きしたものを、お届けできれば幸いです。

ヴェルバー氏公演レポートはこちら

《公演情報》
楽都ウィーンの名門 注目の指揮者ヴェルバーと共に謳いあげる薫り高い響き
オメル・メイール・ヴェルバー指揮 ウィーン交響楽団
2024年3月13日(水) 19:00 サントリーホール [河村尚子 (ピアノ) 出演]
2024年3月14日(木) 19:00 サントリーホール
https://www.japanarts.co.jp/concert/p2061/

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