ブルース・リウ ピアノ・リサイタル

月と夢
　「ルネ・マグリットの絵に影響されたんだ」とブルース・リウは言っていた。「シュールレアリスティックで、暗い夢が多くて、昼と夜がおなじ絵のなかにあるような感じ」。
　それで、ちょっと不思議なこのプログラムが着想された。「とても夢みがちで、月みたいなコンセプト」。かと言って、とくにマグリットが好きというのでもなく、このコンセプトによい着想となっただけ、というところがまた彼らしい。さらりと軽妙な身のこなしだ。
　月の光といっても、さまざまな顔がある。幕明けに弾くリゲティの「ファンファーレ」には、「月へ行くような不条理の趣がある」とリウは言う。「月は私たちが思っていたような美しいものではなく、その実態は非常に奇妙でデコボコしたものです。月の映像をみれば、とてもミステリアスで、とても暗く、とても寒い。だから、この種の不条理さがリゲティから出てきて、《月光ソナタ》に転じて行くのは、とても素敵だと思う」。
　その嬰ハ短調ソナタ《月光》からショパンのノクターンop.27への繋がりもそうだが、作曲家が月に近づくのに、#や♭の多い調性を選んだのは光のアングルからみてもっともなことだろう。プログラムを通じた調性の共鳴や変化もまた興をそそるものだ。月の光から始まって、やがてスペイン的な面へといたるが、その間にはトランジションがある。
スペインへの旅は、まずラヴェルの「道化師の朝の歌」で予見され、モンポウの「月の光」による2つの小品から、リストのラプソディへと進む道行きとなる。月の光と、スペインの色彩や舞踊。いずれも生きる者たちを照らす響きである。
　そして、ハ長調ソナタ「ワルトシュタイン」が加えられ、ベートーヴェンのソナタ2作が前後半に据えられたのは、2027年にくる作曲家の没後200年を見越したリウのチャレンジだろうか。その前には、ドビュッシーの「夢」がみられる。
　一見、不合理にみえることにも、よくよくみれば意味はある。奇妙で気まぐれにもみえるこの「月への旅」はどこに着地していくのか。ブルース・リウのやわらかな感性と明敏な演奏技巧が、いずれ鮮やかに照らし出すだろう。そこには、きっと驚きと喜びがある。

青澤隆明（音楽評論）