2025/10/24

ニュース

  • Facebookでシェア
  • Twitterでツイート
  • noteで書く

インタビュー:フィリップ・カサールに訊く!(前編)

フランスを代表するピアニスト、フィリップ・カサール。繊細な音色と深い洞察に満ちた音楽性で、ヨーロッパを中心に高い評価を得ています。
11月にはソプラノ、ナタリー・デセイとともに来日し、2日(日)に神奈川県立音楽堂、6日(木)に東京オペラシティコンサートホールで、デセイのクラシック音楽の歌手としての“さよなら公演”として、珠玉のフランス歌曲、オペラやミュージカルなど、多彩なプログラムを披露します。
インタビューでは、ピアニストの哲学、ラジオのパーソナリティとしての活動、また長年にわたるナタリーとの音楽的対話、日本公演のプログラムについてなどを語りました。前編と後編に分けてお届けします。

― カサールさんはピアニストとしてすでに長いキャリアがおありですが、過去に特に影響を受けた先生や音楽家はいらっしゃいますか?

まず、コンセルヴァトワールの恩師だったドミニク・メルレです。現在、先生は87歳。ピアノのテクニックのすべてを知っており、またそれにとどまらず、オーケストラ、和声法、現代音楽にも詳しく、とてもオープンマインドな方でした。
それから、世界的なピアニストのニキータ・マガロフ。直接の師弟関係ではありませんでしたが、彼の最晩年の8年間に、コンサートを聴いて影響を受けました。彼は20世紀を通して生きたピアニストで、その時代の最高の音楽教育を知っている人であり、アレクサンドル・ジロティを通じてリストの薫陶を受け継いでいます。プロコフィエフ、ストラヴィンスキーらと交友があり、世界の一流指揮者のほとんど全員と演奏しており、“地球全体”を意味する音楽家と言えます。私自身は彼とは連弾作品を共演したことあり、心の底から尊敬すると同時に、祖父と孫のような親しみを感じる人物でした。

最近では、アルフレッド・ブレンデルです。今年、亡くなられたばかりですが、ロンドンの彼の家でよく会いました。いつも暖かく迎えてくれました。彼の生活のルポルタージュをしたことがあり、ちょっと自慢事なのですが、彼は他の誰にも許していなかった家の中の写真を撮ることを、私には許してくれたんですよ!
壁にかけてあるたくさんの絵画や、彫刻も家具調度も書棚も。その写真は、音楽雑誌「クラシカ」に載りました。本当に、家全体が美術館のようでした!
また、日本のピアニストの海老彰子さんもよくお会いします。私はピアニストの仲間とのコミュニケーションが好きなんですね。
いま私は63歳という年齢になり、若い世代の人たちを指導する立場になりましたが、熱意をもって取り組んでいます。

― ご自身のラジオ番組をお持ちだと伺ったのですが?

はい、ラジオ・フランスの、「フランス・ミュジーク*」という番組を2025年から担当しています。
今年の9月が21シーズン目になるんです。番組回数は1,000回を超えていて、ものすごく情熱を傾けています。
はじめの10年は、公共放送ということに鑑みて、楽曲を取り上げ、自分のピアニストとしての技量を生かして音楽学的に分析し、さらに「どう弾くか」を語りました。演奏法を考えながら、それが楽譜とどう関連づいていくのかを、実践的話法で話そうと試みたのです。ピアニストが家で練習する時、静かに個人の作業を通して楽譜と音との間に起こることを話しました。
そして今日に至るまでの11年間は、演奏者に向けた内容を語っています。まずはピア二ストにむけて、できる限り広いパノラマを見せたいという思っております。録音というものがこの世に残せるようになって以降の、ここ100年ほどの音源の中から題材を選んでいます。
*番組情報:https://www.radiofrance.fr/personnes/philippe-cassard

― まさに百科事典のようなスケールですね。

そうとも言えますが、完全に網羅はしてないです。好まないピアニストは省いているから笑。私がもしジャーナリストなら、責任上すべてを語らなければなりませんが、私自身がピアニストなので好みや相性があるものですからね。それでも世界中のピアニストの録音を聴いてみて、今までで260人のピアニストについて熱意をもって語りました!

― 歌手や室内楽アンサンブルの伴奏者としてのきっかけは?

スタートはソリストですが、すぐに伴奏の依頼も受けるようになりました。1982年から1985年までのウィーンに留学していた時期に、歌手の伴奏の勉強をする機会があり、その時「ああ、伴奏ってこういうものか、いいものだなあ。」と地平が拓いたのです。素晴らしい感覚でした。
歌曲の世界、新鮮なメロディー、歌手の声。そこで出会った多くの人たち、演奏を聴いた音楽家たち。音楽家として自身のバランスを見つけた思いでした。自分はこの先、ソロの世界だけに閉じないで広がりを探求しよう、室内楽アンサンブルや歌手たちと一緒に音楽を作るんだ、と感じました。人と共に創るのが好きなのです。たとえば今日は水曜ですが、3日後の土曜にはフランスでベートーヴェンのピアノ協奏曲を演奏します。月曜にはナタリーとリサイタル、火曜には南仏でピアノだけの自身のリサイタル、そしてその数日後には自分が組んでいる三重奏でヴァイオリン、チェロと一緒にコンサートなのです。ざっとこの先10日ほどの間に全部スタイルの違う演奏をします。これがなの私です。

― ピアニストであれば、誰でもそのような仕事ができるものなのですか?

できないまでも、目指すべきです。ソリストだけの活動に絞るのは視野が狭すぎるでしょう。ヴァイオリン、チェロ、オーボエ、歌手の声・・・魅力ある数々の音に合わせてピアノをどう鳴らすべきか、探究することは面白い。機械的に「こういう時にはこう弾けばいい。」ということではなく、繊細に感応していく。自分以外の演奏家は全員、自分に栄養を与えてくれる存在なのです。文化を豊かにし、ピアニストの技量を上達させてくれるのです。ピアノという楽器の構造をちょっと考えてみてください。構造的には打楽器と同じです、ハンマーが弦を叩いているでしょう? でも、「叩く音」では美しくないのでは?その構造から出てくる音をどうやって人の声のように柔らかく、自在に、音楽全体と調和させるのか・・・それは、人の声から学べることなのです。
現代の優れたピアニストは決してピアノソロの世界に閉じこもってはいませんね。スターピアニストのダニール・トリフォノフをご覧なさい。アンドラーシュ・シフも、マレイ・ペライアも、マルタ・アルゲリッチも・・・これらの「巨人」たち、彼らはみな、歌手や弦楽四重奏団や、チェリストや、他の楽器と共演をします。音楽とはそういうものではありませんか?垣根を作らないことこそが素晴らしいのです。

(インタビュア&フランス語通訳:高橋美佐 編集:ジャパン・アーツ)

インタビュー:フィリップ・カサールに訊く!(後編)


《公演情報》
ナタリーの過去と未来をつなぐ、永遠に刻まれる特別な一夜
ナタリー・デセイ & フィリップ・カサール Farewell CONCERT

日程:2025年11月6日(木) 19:00開演
会場:東京オペラシティ コンサートホール
日程:2025/11/2(日) 14:00開演
会場:神奈川県立音楽堂
https://www.japanarts.co.jp/concert/p2164/


◆ナタリー・デセイのアーティストページはこちらから
https://www.japanarts.co.jp/artist/nataliedessay/

ページ上部へ