2025/10/24
ニュース
インタビュー:フィリップ・カサールに訊く!(後編)
インタビュー後半では、ナタリー・デセイとの共演のきっかけや二人の音楽づくりについて、そして日本への思いについて語ってくれました。
― ナタリーとの共演を始めた経緯について、お聞かせください。
15年前のことです。当時80歳になられていたある女性の友人がいたのですが、彼女の祖父が、クロード&エマ・ドビュッシー夫妻と非常に親しいご関係で、この女性が私に信じられない素晴らしい贈り物をくださったのです。それはドビュッシーの手書きの楽譜です!正真正銘の原本です。まさに宝物です!
― まさに国宝級ですね⁉
今も私の自宅にあります。まずは音楽学的にそれを勉強しました。若きドビュッシーが20歳か21歳の時に書いたものと思われ、コロラトゥーラソプラノのための曲集でした。この選集の中にまだどこにも発表されたことのない曲が4曲ありました。あるはずということは知られていたかもしれませんが、楽譜は発見されていなかったものです。
この曲集を見て即座に、ナタリーを思いついてすぐに連絡しました。
「信じられないことが起こったんだ!ドビュッシーがコロラトゥーラのために書かれた作品で未発表の楽譜があるんだ! ナタリー・デセイがドビュッシーの心を見事に体現したと、きっと言われることになるから、これをぜひ君の声で実現してほしい!」
しかし、ナタリーからは「今の私はオペラの舞台に立つことが主な活動で、リサイタルには興味が湧かないのです」、と何週間もたってから断りの返事がきてしまいました。
「せめて楽譜だけでも見てほしい!」と食い下がりまして、彼女の家に楽譜を持参しました。
とてもとても美しい歌曲ということもあり、ようやくナタリーも感動し、そこから話が進み始めたのです。
しかも当時、翌年の2012年がドビュッシーの生誕150年ということもあり、CDに収録する案も浮かびました。ナタリーは1ヶ月ほどあれこれ考え、「ええ、やってみましょうか、、、ただし、ひとつだけ条件があるのよ、ひとつだけよ、いい?私がやりたい練習には必ずあなたも時間をあけていただきたいの。」 と。
そこで早速、お互い手帳を取り出してスケジュールをつぶさに確認しました。
その日から1年間の共通の空き時間を全て見つけては、リハーサル日程を組み入れたのです。トータルで数十時間はやりましたよ。
― ナタリーさんは練習好きでいらっしゃるのですね?
好きどころか!練習の虫。そして私も練習の虫です。
このような経緯で、彼女とのコンビが始まったのですよ。以後、ずっと回数を重ねて、17年の間に世界で140回ほども、一緒にデュオ・リサイタルを行ってきました。日本では一昨年に横浜と東京オペラシティホールで行いましたが、これが私たちデュオの138回目と139回目でした。
ナタリーの探究心はすごいものです。「もっと良くしたい、もっと良くできる、まだできる、まだできる」 と。
私も同じですが、ピアニストとしてもっと良い演奏ができるはずだ、やりたい、どんな音にしようか、この部分のニュアンスは、こうしよう、やってみよう、と互いに提案して、それがまるで卓球の球のラリーのように終わらなくなるんです。そうやって発見を積み上げていく。新しいレパートリーに挑戦するときは、本当にたくさん練習の時間をかけます。それこそが、まさに喜びなんですよ!
― ナタリーさんは完璧主義者ですね。
正真正銘の完璧主義者です。
― カサールさんもですね。
はい、そうあるように努力はしています!なぜかと言うと、完璧主義は快感なのです。ギリギリまで練習をして昇り詰めると、舞台で本番を迎えた瞬間に、完璧な自由が味わえるからなのです。絶対の解放感。観客の皆さんを前にしてその瞬間を得た時の喜びは、そこにこそ音楽がある、という感覚です。そのための日々の仕事なのです。猛烈に仕事をして、本番の瞬間それを手放す。科学的には、アドレナリンが出るのです、その一瞬にすべてを流れに任せることによって。
― 陶酔の瞬間と言えるのでしょうね。
日本はその感動をさらに色濃くしてくれる特別な環境です。お世辞を言うつもりなど全くなく、私とナタリーのデュオにとって、日本での公演は特別です。ナタリーとの何気ない会話では、よく世界中のホールのことを話します。ウィーンの楽友協会ホール、ニューヨークのカーネギーホール、、、その中で、東京オペラシティホールの特別な感じについて必ず話します。あの、素晴らしい木でできたホール全体の空気、繊細な灯り。そして客席との距離感がとても近いのです。音響が素晴らしいのは言うまでもないこと。ナタリーは「あんなに幸せな気分になれるホールは他の国にない。」と言います。
そして観客の皆様の姿勢。音楽を味わおうと真摯になってくださる。それは皆様にも大変な集中力を要求するに違いないことなのに、その努力をしてくださるのです。それは、観客の「力量」です。東京オペラシティホールの常連のお客様たちは、おそらく理論や知識の面でも優れておいででしょう。あらゆる意味で、私たちデュオには最高の舞台なのです。ホールに足を踏み入れた途端に、その空気が体を包んでくれるからです。
― プログラムの選び方について、教えてください。
ナタリーと共に気をつけていることは、テーマの統一感、曲と曲の繋がりが不自然でないかです。どことなくゲームをするような感覚で時間をかけて考えるんです。ただメロディーが綺麗だからこれとこれ、というような平坦さではなくて、意味合いを見出したいからです。
今回、第一部はオペラから女性の4役を選びました。ケルビーノは役としては男性(少年)ですが女性歌手が歌いますね。これらモーツァルトのオペラからの選曲の流れが滑らかになるよう、私のピアノでモーツァルトの曲を挿入するなどの工夫をするかもしれません。第二部はナタリーの案で「鳥」にまつわる曲を選びました。そしてアメリカの作品を選びました。私たちもまだこれを聴衆に披露したことがありません。ナタリーはアメリカ音楽を愛しています。彼女はオペラのレパートリーを歌うことをまもなくやめますと言っていますが、今後、アメリカのミュージカルの曲などにシフトしていきます。バーンスタイン、プレヴィンなどに関心を持っています。彼女は歌うことをやめたりはしませんが、新しい彼女の声の魅力が現れるでしょうね。
― 以前ナタリーさんは、ご自身のお名前を、ナタリー・ウッドにちなんで、フランス式のhをあえて入れないで記述している、とおっしゃっていました。
「ウエスト・サイド・ストーリー」のヒロイン、ナタリー・ウッドを彼女は崇拝していますよ。このような楽曲の選び方は、そこを通じて、彼女が今後歌い続けることと、なにを標榜しているのかを、観客の皆様に伝える意味をもちます。
― 今回、「鳥」にまつわる曲の作曲家はすべてフランス人で、ラヴェル、プーランクなどは日本でも人気が高いのですが、ルイ・ベッツはあまり知られていません。
戦前の映画音楽で特に知られていて、美しいメロディーをたくさん生み出した作曲家です。
― フランスの歌曲やメロディーには、「フランスらしいなあ。」という、ある種理屈を超えた何かがあると思うのですが、あえて、フランスの作曲家の作品とフランス以外の国の作品を、音楽的に比べたとき、ここが違うんです、という点、これをわかりやすく言うとどうなるのでしょう?
…それは、とても難しいですね。フランスのエスプリということなら、それはメロディーに現れますが、メロディーは「そこに詩ありき」で生まれます。素晴らしい詩人たちが、その言葉をもって作曲家に寄り添うのです。さきにお話したドビュッシーの未発表の4曲も当然ながらフランス語の詩がついています。作曲家たち、詩人たちは、そもそもが創作を共にする仲間でした。付き合いがあり、友情があり。出身地を異にする詩人たちが書いた新作を作曲家たちが読み、曲をつけてみて、歌ってみて・・・という、当たり前の交流から生まれたのがフランスの歌曲なのです。ではそのエスプリの具体的な特徴は何か?と考えると、優雅さや典雅さ、なにか、爽やかな感触もそこに感じさせてくれるもの、自然で、気分良く滑らかにおしゃべりしている時のような、親しげな空気というか。
― どうもありがとうございました。11月の公演がますます楽しみです。
ありがとうございます!みなさん、まもなくお目にかかれることを楽しみにしています。
(インタビュア&フランス語通訳:高橋美佐 編集:ジャパン・アーツ)
《公演情報》
ナタリーの過去と未来をつなぐ、永遠に刻まれる特別な一夜
ナタリー・デセイ & フィリップ・カサール Farewell CONCERT
日程:2025年11月6日(木) 19:00開演
会場:東京オペラシティ コンサートホール
日程:2025/11/2(日) 14:00開演
会場:神奈川県立音楽堂
https://www.japanarts.co.jp/concert/p2164/
◆ナタリー・デセイのアーティストページはこちらから
⇒ https://www.japanarts.co.jp/artist/nataliedessay/









