2023/10/6
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【海外公演レポート】ニュルンベルクのクリスチャン・ツィメルマン
グラモフォン賞の受賞が発表されたばかりのクリスチャン・ツィメルマン。日本ツアーと同じプログラムで演奏されたニュルンベルク公演(9/27)の公演レポートが届きました。ベルリン在住の音楽ジャーナリスト、中村真人さんによるレポートです。
9月27日、クリスチャン・ツィメルマンが南ドイツのニュルンベルクでリサイタルを行った。地元のマイスタージンガーハレに登場する今シーズン最初の大物アーティストということで、開演前からロビーには静かな高揚感が漂っていた。
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客席に入って舞台を見ると、スタインウェイが3台も置かれているのが目に留まる。やがて登場したツィメルマンによる流暢なドイツ語の説明によると、真ん中は自分のピアノ、両側の2台はかのマウリツィオ・ポリーニとアルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリがそれぞれ弾いていたFabbrini Steinwayだという。
「(20世紀の多くの現代作品を委嘱した)パウル・ザッハーは聴衆に作品をよりよく知ってもらうため、しばしば同じ曲を2回指揮しました。私もこれからその実験をしてみたいと思います」と言って、ショパンの4つの夜想曲を、楽器を替えて2回ずつ弾き始めたのである。有名な第2番変ホ長調でさえ、楽器の特質に加え、客席との距離感が変化することで、受ける印象やイメージが微妙に変わってくる。第16番変ホ長調の転調の妙、そして晩年に書かれた第18番ホ長調での中音域の美しさもそれぞれ2回味わえるという、なんともぜいたくな時間であった。
続くショパンのピアノ・ソナタ第2番変ロ短調からは中央の自身のピアノで奏された。ツィメルマンは「私はこの作品と50年もの間格闘してきました。1976年にドイツ・グラモフォンと契約した際、ショパンの2つのソナタの録音を約束しましたが、今でも自分の解釈に満足していないので(約束を)果たせていません」と率直に語った。にもかかわらず、第1楽章から作曲家の魂が乗り移ったような情熱のほとばしる演奏には、ただ圧倒された。悲しみの底に引きずられていく葬送行進曲の旋律の後で鳴り響いた、トリオのシンプルな歌での慰めも忘れられない。アタッカで始まる幻想的なフィナーレまで完璧無比の表現で、いよいよレコーディングの機が熟したのではないかと痛感したほど。
後半はまずドビュッシーの《版画》。大きなパイプオルガンが構えるマイスタージンガーハレに、エキゾティックな空気が漂い、ハバネラのリズムが鳴り響く。実に洒脱でありながら、かのミケランジェリのドビュッシーを思い起こさせるような音の深みへと引き込まれる表現だ。
締めくくりは、ツィメルマンの同郷人であるシマノフスキの「ポーランド民謡の主題による変奏曲」。このコンサートの後、最新盤の「シマノフスキ:ピアノ作品集」が英『グラモフォン賞 2023』の「録音賞(ピアノ部門)」を受賞したと発表されたばかり。濃密な情緒と高度な技巧が駆使された作品で、このピアニストは曲の頂点へ向けてすべての力を注ぐ。最後の一音が鳴り終わって喝采に包まれると、ツィメルマンこそが現代における真のヴィルトゥオーソであると確信した。
いや、それだけではない。このリサイタルでは、彼のヒューマニストとしての側面も改めて確認した。ピアノ・ソナタの前、「武器で物事を解決することはできない。にもかかわらず、EUはこの不必要な戦争をさらなる武器をもって解決しようとしている」とドイツの聴取の前で語ったのである。この夜の最後には、「戦争で犠牲になった双方の側の息子たちに、ロシアの作曲家の作品を」と言って密やかな小品を弾いた。ラフマニノフの前奏曲作品23の第4番「アンダンテ・カンタービレ」だった。
クリスチャン・ツィメルマンというひとりのピアニストのリサイタルを聴きながら、現実の喜びや悲しみも含めて、自分が何か大きな世界につながっていることを実感させてくれるような稀有な夕べだった。
中村真人(音楽ジャーナリスト/在ベルリン)
(日本公演は一台のピアノでニュルンベルク公演と同じ曲目の演奏が予定されています。)
【全国公演日程】
クリスチャン・ツィメルマン・ピアノ・リサイタル 2023年日本公演
11/4 (土)柏崎市文化会館アルフォーレ
11/22(水)川商ホール(鹿児島市民文化ホール)
11/25(土)ふくやま芸術文化ホール リーデンローズ
11/30(木) 愛知県芸術劇場コンサートホール
12/ 2 (土)横浜みなとみらいホール
12/ 4 (月)サントリーホール
12/ 6 (水)水戸芸術館
12/ 9 (土)兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール
12/13(水)サントリーホール
12/16(土)所沢市民文化センター ミューズ アークホール