2022/12/22

ニュース

  • Facebookでシェア
  • Twitterでツイート
  • noteで書く

【海外公演レポート】ハンガリー国立フィル 12月17日公演 ベートーヴェンとコダーイの誕生日を記念したコンサートで、仲道郁代が《皇帝》を共演

ハンガリー国立フィル 12月17日公演 仲道郁代

2022年12月17日。この日のハンガリー国立フィルの演奏会は「Születésnaposok (Birthdays)」と銘打たれていた。複数形であることが重要だ。ベートーヴェン(1770-1827)が前日の16日に生まれたことはよく知られているが、じつはその日はハンガリーを代表する作曲家、ゾルターン・コダーイ(1882-1967)の誕生日でもある。この時期ハンガリー国内ではコダーイの作品がいつもにも増して積極的に取り上げられる。この日の演奏会も、約100年の時を隔て生を受けた2人の偉大な作曲家へと捧げられていた。

前半のベートーヴェン《皇帝》では仲道郁代がソリストをつとめた。そのピアノ・ソナタ/協奏曲全曲録音の充実ぶりが示しているように、彼女ほどこの作曲家に通暁しているピアニストを挙げるのは難しい。仲道は自身のエッセイ集『ピアニストはおもしろい』のなかでこう書いている。
「ベートーヴェンの場合は、極めて強固な論理が思いもかけないほどの強い激情を生む。どんなに柔らかな表情、快活な表情を湛えた曲であっても、ベートーヴェンの論理性抜きにして演奏することはできない」
この晩の《皇帝》も、強い論理に支えられた演奏だった。それぞれの音、フレーズの連なりに必然性があり、全曲を通して1本の太い芯が通っている。とはいえ説明的なところはまったくない。ピアノとオーケストラとの間には「協奏」であり「競奏」であるような、多様な対話があった。華麗にソロを弾き切り、その勢いをオーケストラに引き継いだかと思えば、今度は間奏とは正反対の表情で登場するピアノ。ピアノの音色に反応し、呼吸が変化する木管楽器。協奏曲らしい刺激にあふれた演奏だった。
特筆すべきは第2楽章、とりわけ仲道のピアノだろう。そこには音のクリアさ、歩みの確かさによってはじめて生まれる抒情があった。仲道は旋律や和声の美しさにけっして溺れない。だがその音楽は情感に満ちている。まさに自身の言葉の正しさが証明されていた。

ハンガリー国立フィル 仲道郁代

演奏会の後半ではもう1人の主役コダーイの音楽に焦点が当てられ、代表曲として挙げられることの多い《孔雀の主題による変奏曲》と、ソリスト4人と合唱を伴う《ブダ城のテ・デウム》の2曲が演奏された。名匠ヤーノシュ・コヴァーチュの差配によって、あるべきところに音が置かれていく。残響の多いリスト音楽院大ホールにあって、大編成の曲での整った響きは、その職人芸のなせる技だ。
コダーイらしい華やかさも欠いてはいない。その色彩感は国立フィルのベテラン奏者たちの、この作曲家への愛に負うところが大きいだろう。ハンガリーのオーケストラがバルトークやコダーイといった自国の作曲家の作品、特にその民謡(風)の旋律を演奏する際、「こぶし」とでも呼びたくなるような独特の歌い回しが聴かれる。国立フィルではゾルターン・コチシュ音楽監督時代を経てその傾向は薄れたが、それでも彼らのなかには血肉化した歌が残っている。そしてそれがなんとも魅力的なのである。
じつはこの「こぶし」、他の作曲家、たとえばベートーヴェンやブラームスの演奏にさえ時々表れる。こぶしの効いたベートーヴェン? 歴史的アプローチが浸透した現在にあっては、古臭くあるいは野暮に思われるかもしれない。
だがその歌こそがまさに、2023年に創立100周年を迎えるこのオーケストラの歴史であり、フェレンツ・フリッチャイや、ヤーノシュ・フェレンチクといった偉大な指揮者たちが育んできた音である。その伝統の厚みに気づくとき、彼らの歌い回しは豊さとして聴かれるだろう。そしてそのような歌で奏されてなおベートーヴェンの音楽が輝かしく響くとき、翻ってそれは作品の普遍性の証ともなるだろう。

2023年1月の来日公演では、小林研一郎がタクトを取る。音楽監督をつとめた(1987-1997)国立フィルとは、お互いを知り尽くした長年のパートナーだ。「炎のマエストロ」に焚きつけられ、伝統を受け継ぐベテランたちが熱い演奏を聴かせてくれることは間違いないだろう。

新野見卓也(ピアニスト・音楽批評家)

<公演データ>
2022年12月17日(土)19:30開演 ブダペスト リスト音楽院ホール
“BIRTHDAY CELEBRATIONS”
ヤーノシュ・コヴァーチュ指揮 ハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団

プログラム:
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番 「皇帝」 (ピアノ:仲道郁代)

コダーイ: 孔雀の主題による変奏曲
コダーイ:ブダ城のテ・デウム


《公演情報》
現代いまを熱く駆けるマエストロが謳い上げる、時代を強靭に生き抜いた作曲家たちの魂
ハンガリー国立フィル創立100周年記念コンサート
小林研一郎 指揮 ハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団
新年の幕開けを告げる“新世界”ほか (千住真理子出演)
日程:2023年1月16日(月) 19:00開演
王道の名曲プログラム (仲道郁代出演)
日程:2023年1月17日(火) 19:00開演
会場:サントリーホール
https://www.japanarts.co.jp/concert/p988/


◆ハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団アーティストページはこちらから
https://www.japanarts.co.jp/artist/hungarianphil/
◆仲道郁代アーティストページはこちらから
https://www.japanarts.co.jp/artist/ikuyonakamichi/

ページ上部へ