2013/11/8

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【曲目解説】マグダレーナ・コジェナ&プリヴァーテ・ムジケ

≪曲目解説≫ 柿沼 唯(作曲家)

 今回演奏される「イタリア初期バロック」の音楽は、オペラの国イタリアの萌芽期に生み出された驚嘆すべき遺産で、現代の我々の耳にも新鮮な発見をもたらす。ルネサンスの残照をとどめる16世紀末、カメラータと呼ばれるフィレンツェの文人・芸術家のグループはギリシャ悲劇に範を求め、その再現を試みてこれがオペラ誕生へと繋がってゆくのだが、彼らがルネサンスのポリフォニー(多声音楽)に取って代わるものとして生みだした新しい音楽様式が「モノディー」だった。それは単旋律と和音伴奏(通奏低音)だけで作られる、従来とはまったく違った音楽で、歌詞の抑揚や情感を最大限に表出することを主眼とし、器楽は歌のリズムを効果的に助けるべく即興で装飾を付してゆくという、現代のポップスやジャズにも通じるスタイルである。〔ルネサンス時代から活躍していた楽器リュートはこの頃、古代ギリシャのリラに相当する楽器として新種のテオルボ(キタローネ)が発明され、モノディーの伴奏には欠かせない楽器となった〕。名歌<アマリリ麗し>で知られるカッチーニはそのカメラータの中心メンバーの一人だった。一方、17世紀前半になるとオペラの中心はヴェネツィアに移り、サン・マルコ大聖堂の楽長だった巨匠モンテヴェルディによって、オペラはより密度の高い芸術へと高められる。モンテヴェルディの音楽はルネサンス様式をバロック様式へと橋渡しするものと評されるが、その初のオペラ成功作<オルフェオ>の劇的な力は、現代の聴衆の耳をも釘付けにするほどのオーラを放つ。シチリア出身ながらイタリア全土で作曲技法の腕を磨いたディンディアのように完成度の高いモノディーを残した作曲家や、テオルボの名手として活躍したカプスベルガー、この時代には珍しい女性作曲家ストロッツィなど、百花繚乱の時代を飾る作品を生き生きと甦らせる興味深いプログラムである。

フィリッポ・ヴィターリ:美しき瞳よ
 フィリッポ・ヴィターリ(1590頃-1653)は主にフィレンツェで活躍した音楽家で(ヴァイオリニストとして有名なトマソ・アントニオ・ヴィターリとは別人)、多声部の世俗曲マドリガーレから教会音楽、オペラにいたる幅広いジャンルに作品を残した。<美しき瞳よ>は、恋人の瞳と金色の髪に焦がれる思いをうたう一曲。

シジズモンド・ディンディア:酷いアマリッリ
 シジズモンド・ディンディア(1582頃-1629)は、モンテヴェルディと並び称される初期バロック声楽曲の大家で、フィレンツェやヴェネツィアをはじめ各地を遍歴して身につけた作曲技法により、オペラ以外のあらゆる声楽様式に精通していた。中でもモノディー様式の発展に寄与した数々の佳作に見るべきものがあり、この<酷いアマリッリ>もその一つ。まるでオペラの一場面を見るような劇的な表現が聴かれる。

ジュリオ・カッチーニ:聞きたまえ、エウテルペ、甘い歌を
 ジュリオ・カッチーニ(1545頃-1618)は、音楽史上初のオペラを作曲したヤコポ・ペーリと並ぶモノディー様式の生みの親の一人。「レチタール・カンタンド」(“歌いながら語る”)と呼ばれたモノディーの歌い方の中でも、この<聞きたまえ、エウテルペ、甘い歌を>に聴かれるのは軽快なテンポ感にのせる歌い方で、自由闊達な伴奏が効果を発揮する。

ルイス・デ・ブリセーニョ:カラヴァンダ・チャコーナ
 ルイス・デ・ブリセーニョ(1610頃-1630頃)はスペインのギタリスト。いわゆるバロック・ギターを初めてフランスにもたらし、リュート伴奏のフランス宮廷歌曲の世界に血湧き肉躍るスペインのギター音楽の魅力を伝えた異才だった。この曲はチャコーナ(シャコンヌ)の名の通り、一定のコード進行を繰り返しながら即興的に盛り上げる手法で作られている。

タルクィーニオ・メールラ:今は眠るときですよ(子守歌による宗教的カンツォネッタ)
 タルクィニオ・メールラ(1594/5-1665)は主にクレモナで活躍した作曲家・オルガニスト。ヴェネツィア楽派の一人としてモンテヴェルディの影響のもと、新しい作曲技法を積極的に用いて様々なジャンルの作品を手がけた。1638年に出版された声楽曲集<Curtio precipitato et altri capricii>には、敬虔な内容のものから遊び心に満ちたものまで様々な歌が収められているが、このカンツォネッタもその一つ。スペイン風の二つの和音が延々と繰り返される伴奏に、聖母マリアが胸に抱く幼子イエスを案じる思いを切々と歌わせてゆく。

ガスパール・サンス:カナリオス
 ガスパール・サンス(1640-1710)はスペインの盛期バロックを代表するギタリスト・作曲家。スペイン近代の作曲家ロドリーゴ(<アランフェス協奏曲>の作曲者)がサンスの作品を好んだことはよく知られており、サンスのテーマをもとに<ある貴紳のための幻想曲>というギター協奏曲を作曲している。この<カナリオス>はサンスのギター曲の中でもっとも広く愛奏されている一曲。南国の明るい陽光を想わせる軽やかな6/8拍子のリズムが心地よい。なおタイトルは「カナリア風の」の意で、カナリア諸島の舞曲をもとにしているためと思われる。

シジズモンド・ディンディア:穏やかな春風がもどり
 ディンディアの声楽曲の中でもっとも広く知られる一曲。美しいメロディによるアリア風の部分に訴えかけるようなレチタティーヴォ風の部分が続く2部形式を繰り返す。“Primavera per me non sara mai(私に春は決して訪れない)”と歌うシークエンスが印象的だ。

ビアージョ・マリーニ:星とともに空に
 ビアージョ・マリーニ(1594-1663)は、モンテヴェルディが楽長を務めるヴェネツィアのサン・マルコ大聖堂でヴァイオリニストを務めたのち、各地の宮廷などで楽長として活躍した作曲家で、主に器楽曲のジャンルに功績を残した。この<星とともに空に>は、美しい星空の凍る寒さも愛の神の熱い情熱で暖められるだろうと歌う一曲で、流れるようなメロディが美しい。

ジョバンニ・パオロ・フォスカリーニ:パッサメッゾ
 ジョバンニ・パオロ・フォスカリーニ(1621-1649)は、ガスパール・サンスらのスペイン・ギター黄金時代に先んじてイタリアにギター黄金時代をもたらした英雄的ギタリスト。“怒れる者”というペンネームで5巻に及ぶバロック・ギターのための曲集を出版した。パッサメッゾとは、当時流行したバッソ・オスティナート技法による一種の変奏曲である。

クラウディオ・モンテヴェルディ:苦悩はとても甘く
 クラウディオ・モンテヴェルディ(1567-1643)はヴェネツィア楽派のもっとも華やかな時代を築いた作曲家として知られ、ルネサンスの技法を受け継ぐ宗教曲や230曲にのぼるマドリガーレを残す一方、18曲以上のオペラや劇的なモノディー様式による声楽曲で新時代を切り開いた。この<苦悩はとても甘く>は、1624年に出版された<Quarto scherzo delle ariose vaghezze>に収められている名曲。下降するメロディーラインによる単純な旋律ながら、苦悩と喜びの間を揺れ動く恋する者の心情が見事に表現されている。

ジロラモ・カプスベルガー:トッカータ・アルぺジアータ
 ジロラモ・カプスベルガー(1580頃-1651)はヴェネツィア生まれのリュート、テオルボの名人で、その華麗な演奏により宮廷で人気を集めた。生涯をイタリアで過ごしたが、ドイツ貴族の父親をもつため(苗字がドイツ風なのはそのことによる)「テオルボのドイツ人(Il tedesco della tiorba)」の愛称で呼ばれた。当時の最も進歩的な作風でリュート、テオルボのために作品を残しており、この<トッカータ・アルペジアータ>でも緻密な和声進行が密度の高い音楽を紡いでいく。

ジロラモ・カプスベルガー:わたしのアウリッラ
 カプスベルガーはリュートやテオルボのための作品以外に声楽曲も数多く手がけており、その中には16世紀半ばにナポリで発祥した世俗歌曲ヴィラネッラの曲集がいくつもある。<わたしのアウリッラ>は1619年に出版されたその第2巻に収められている一曲。素朴なメロディーにのせて、恋人への思いが歌われる。

シジズモンド・ディンディア:ああどうしたら?もの悲しい哀れな姿でもあなたが好き
 イタリア・バロック期最大の詩人トルクァート・タッソ(1544-1595)の詩の心情を見事に旋律化した、ディンディアならではの深い内容をもつ一曲。最後のところで長く引き延ばされる「esangui e smorte(青ざめて血の気のない)」の言葉が印象的だ。

ジロラモ・カプスベルガー:幸いなるかな、羊飼いたちよ
 <わたしのアウリッラ>と同じくヴィラネッラ曲集(第4巻)の中の一曲。ヴィラネッラはその軽快な曲調がのちにイギリスのマドリガル作曲家たちの手本となったといわれているが、この<幸いなるかな、羊飼いたちよ>などはまさに20世紀のフォークソングにも通じるものといえよう。

ジョバンニ・パオロ・フォスカリーニ:シャコンヌ
 <パッサメッゾ>と同様に一定の和声進行を繰り返しながら変奏してゆく曲。「シャコンヌ」といえば今ではバッハの曲が有名だが、イタリアで17世紀に流行したシャコンヌ(チャッコーナ)はこのように快活で、時におどけた感じの曲だった。

バルバラ・ストロッツィ:恋するヘラクレイトス
 バルバラ・ストロッツィ(1619-1677)はヴェネツィア生まれの女性作曲家・歌手。父が主催するサロンで一流の文化人と交流をもち(その中にはモンテヴェルディもいた)、高い教養を身につけ自立した女性として生涯を貫き、4人の子供を持つ未婚の母でもあった。作品の大半は自らが歌うために作曲したと推測されるいわゆるモノディー様式の声楽曲で、その抒情的・耽美的な作風は独特のものである。この<恋するヘラクレイトス>は、彼女が自身のことを歌った曲といわれており、恋人に裏切られた女性の嘆きが切々と歌われる。

ガスパール・サンス:曲芸師
 <カナリオス>と同様に今日でもギタリストたちに愛奏されている一曲。1674年に出版された<Instrucción de Música sobre la Guitarra Española>という曲集に収められている。

タルクィーニオ・メールラ:そう思う者はとんでもない
 <宗教的カンツォネッタ>と同じく<Curtio precipitato et altri capricii>に収められている一曲。 メールラの曲の中では広く愛唱されているもので、ヘンデルを思わせるような親しみやすさがある。

クラウディオ・モンテヴェルディ:ちょっと高慢なあの眼差し
 1632年に出版された<音楽のたわむれ Scherzi Musicali>に収められた世俗歌曲で、広く愛唱されている一曲。コロラトゥーラ風の華やかなテクニックを織りまぜながら、 軽快なテンポに乗せて機知に富んだ曲想が繰り広げられる。

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古楽アンサンブル
マグダレーナ・コジェナ&プリヴァーテ・ムジケ
2013年11月12日(火) 19時開演 東京オペラシティ コンサートホール
詳しい公演情報はこちらから

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