2013/7/1

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マグダレーナ・コジェナ インタビュー [No.1]

2013年11月に久しぶりに日本の聴衆の前で美声を披露するマグダレーナ・コジェナの電話インタビューをお届けします。

マグダレーナ・コジェナ

―アルバム、Lettre Amorose について。コジェナさんは、芸域が大変広いことで知られておりますが、やはりまずはオペラ歌手ということで非常に人気があります。ですので、この新しいアルバムを、全編、17世紀のあまり知られていない世俗曲を集めたものに仕上げられた、ということは、ちょっと驚きなのです。どのようにしてこのようなレパートリーを発見するに至ったのですか。
 たしかに、このアルバムに収録された曲目は、日本ではあまり知られていないかもしれません。そして、私がオペラ歌手として国際的なキャリアを積み始めた頃は、どうしてもバロックより後の、オペラの演目を集中して歌い込む時期がありました。でも実は、私自身はそれより前に、このアルバムにあるような17世紀の音楽に取り組んでいた時代があったのです。16才のころには、そういうレパートリーを演奏する仲間とグループを作っていたんです。私はチェコのブルノの出身で、教育もブルノの音楽学校で受けましたが、当時そこで、リュート奏者などのいるアンサンブルを組み、後期バロック音楽に熱中していました。なので、ここであらためて私のキャリアを説明させていただくと、音楽学校に通っていた8年ほどのあいだもちろんオペラの勉強もしていましたけれども、その間ずっとこのような演目をコンサートで熱心に演奏し続けていたんです。
 ですから、今回この Lettre Amorose を発表したことは、私にとって「いまよりずっと若かった頃の自分の基本に戻る」という意味合いがあります。もともと持っていた関心事に、また目を向けてみた、ということです。

―今回、日本で演奏される演目のなかで、とくに好きな曲を2~3曲、挙げていただけませんか?
 もちろん、私は全ての曲が大好きです。でもあえて選ぶなら、まず、タルクィーニォ・メルラの「子守歌による宗教的カンツォネッタ」です。ほんとうに、ふわっと心を覚まされるような楽曲です。ほんの20年前に書かれた曲ですよ、と言われても自然に感じるほど、現代的な音なんです。スペインの音楽の影響が伺えます。聖なる母マリアが、みどり児イエスにむかって子守歌を歌います。聖母は、眠るこどもの将来になにが起こるかを知っているのです。未来を予言する人のように、彼がのちに十字架にかけられてしまうことがわかるのです。眠りに落ちてゆく赤子を見守る完璧な優しさで歌われているけれど、その子の身にふりかかる不吉さを、同時に予感させます。ドラマティックな視点において印象が強烈なだけでなく、音楽的な特徴もあります。2種類のコードだけで書かれている点です。楽器が奏するのは2和音のみで、それに乗って、ヴォーカル部分が変化しつつ流れてゆきます。どこか、フィリップ・グラスの曲のような、現代のミニマリズムの作曲法を連想させます。きっと皆さんの関心を引くと思います。
 もうひとつ、大好きな曲は、女性の作曲家、バルバラ・ストロッツィの「恋するヘラクレイトス」です。これは、彼女が自分自身のことを歌った曲なのです。彼女は当時、たいへん有名な歌手でもありました。作曲もできて、自分が歌う歌を自分で書いたのです。今回の演目にあるこの歌は、やはりドラマティックで、小品のオペラのような趣です。8分という長さの中に、恋人に裏切られた女性の嘆きが歌われます。感情の波、愛と憎しみ、涙のすべてがあります。現在でさえ、男性作曲家に比べて女性はとても少ないのに、今よりはるか昔に、女性作曲家が、男性の不実に苦しむ女の姿を歌った、ということが、まさに希有な例だと思います。女性の視点で書かれたこの曲は、とくに女性の心に届くでしょう。

―オペラ「蝶々夫人」の蝶々さんが、死なずに生き抜いて、後日作曲家になった、みたいな話ですね。
 そうそう、そんな感じです(笑)。

― 以上の2曲が、もっともお好きな曲だ、と。
 敢えて選べば、ということ、忘れないでください。ほんとうはすべての曲が大好きなんです。そもそも、このCDを製作しようとして曲を選んだ段階で、どうしても歌いたいものだけですでにCD5枚分になってしまっていたんです!(笑)。さて、どれを削ろうか・・・という作業は、ほんとうに大変でした!

―プリヴァーテ・ムジケというバンドについてお聞きします。コジェナさんとプリヴァーテ・ムジケは、バロック・バンドとして本当に素晴らしい組み合わせです。リーダーのピエール・ピツル氏とはどのように出会い、グループとの共同の活動はどのように発展してきたのですか?
 このアルバムの製作を思い立ったとき、私は、だいたい同時代の演目を得意とするいくつかのグループの演奏を調べて、吟味したんです。何枚も何枚もCDを聞き比べました。そのなかで、ある歌手と共演しているプリヴァーテ・ムジケのCDを聞いたときに、その持つ音に、ピンと来るものがあったのです。ピエール・ピツル氏はアレンジも担当してくださっています。すこし説明しますと、Lettere Amorose 中に編纂されている時代の音楽群には、きっちりと決まった演奏指示があるというわけではなく、それぞれのバンドが自分たちの楽器の数などの条件に合わせて、臨機応変にアレンジを加えて演奏していたものです。ヴォーカル・ラインははっきりとしていて、それは1つの楽曲を貫いていますが、そこのところ以外はとても自由です。私は、古楽のそんな自由さがとても好きでもあるんですが。ですから、「この楽器を何台使って・・・」とかいう制約がない。最終的にどうまとめるかは、個々のバンドのアレンジにかかってきます。同じ曲を提示しても、5組のバンドがあれば、5種類の違った演奏が生まれるのです。もともとの楽譜にイントロを付け足す場合もあれば、間奏曲を挿入することだってある。どこか、ジャズ・セッションみたいなんですね。即興で演奏することだってあります。彼らとはコンサートツアーを組んで、すでに何回も一緒にステージに立ちました。息もピッタリです。たとえば、ハープを担当している女性がツアー中に出産時期を迎えてしまい、しばらく活動できなかったときなど、じゃあハープ無しでできるアレンジにしよう、と。そういうことが可能なのです。ですから、極端に言えば、リアルな17世紀音楽には、2回としてまったく同じ演奏などなかった、ということでしょうね。私たちの場合も、ステージでメンバーの誰かが「あ、アイディアが浮かんだ!」といって、即興を始めることもあるんです、そうなるとまるでジャズの演奏と同じですね(笑)。
 これがロマン主義時代になっていきますと、そういう自由がなくなっていきます。私が古楽に惹かれる理由はまさにその自由さなのです。演奏者の一人一人がクリエティビティを発揮することで成立するんですね。
 ピエール・ピツル氏は、もともとギターを弾く方ですが、私は彼のサウンドに、自分の中にある音楽性ととても近いものを感じました。これら17世紀の楽曲を、私たちは今でこそ、クラシックに対して「ポップス」「民謡」と呼んで対比しますけれど、その時代にはまだ、クラシックとそうでないもの、なんていう区別はなかったわけです。みんなひとかたまりで「音楽」だったわけで、いわば、すべてポップスだったんです。ピツル氏は、その認識をあらためて私に教えてくれましたね。とてもクリエイティブなミュージシャンです。いかにも自由な「ポップス」という感じを出すのが上手です。
 彼らと組んだ理由は、そんな、私をとらえてやまない時代の音楽性に関して、自分とぴたりとマッチするものを確信できたからです。

―と、いうことは、今回のこのアルバムのためにご一緒した、ということで、比較的新しい関係なのですね?
 はい、そうです。

―私はてっきり、メンバーのだれかと長年の友情があるとか、もっと長いものかと思っていました。あまりにもアンサンブルがピタリと決まっていましたもので…。
 それは、私たちの間に音楽的にとても自然な親近感があるためです。出会った最初からそれがありました。時々そういうことがありますが、では今日から一緒にやりましょう、と集まった日の最初の数分のセッションでそれが生まれるのです。それはほんとうに素晴らしいことです。たとえば、ヴェニス・バロック・オーケストラのアンドレア・マルコン氏と演奏したときにも、それがありましたね。彼らとも、長いあいだコラボレーションが続いていますが。そのように、お互いに「これだ!」と思えて、一緒に仕事ができる、いくつもそんな幸運に恵まれている自分をとてもラッキーだと思っています。

―やはり運命なのでしょうか?
 そうとも言えますね。でも、運命を呼び込むのも、自分の「下調べ」がモノを言ってるような気がします。私はほんとうにバロック音楽が好きですし、山ほどCDを聞いて情報を仕入れてあって、そうとう耳が肥えていると思うんです、どういう演奏が自分の声に合うかどうかもわかる。だから、「あ、いい!」と感じたら、迷わず自分の直感を信じられるんですね。

―なるほど。直感も、勉強に裏打ちされている部分が大きいのですね。ところで、プリヴァーテ・ムジケとは、すでに何回ぐらいコンサートをしたのですか?
 この同じプログラムで、すでに3回、大規模なコンサートツアーをしました。十分にこなれていますので、今回、日本、香港、上海を含むアジア・ツアーでご披露できることがほんとうに楽しみなんです。

―過去3回のツアーというのは、ヨーロッパツアーですね?何カ国、何都市を回られたのですか?
 ええっと…ずいぶん回りましたねえ。私たちが「ヨーロッパツアー」ということばで言うときは、ほんとうに全ての国、すべての大都市…っていう規模で…ごめんなさい、厳密にはいま言えないんですが、ロンドン、ベルリン…ここ2年で3回のツアーをして、首都級の都市はもちろん、それにプラスして各国で最低数都市は回っています。

―素晴らしいですね。日本でも見事なセッションを聞かせてくださいね。
 もちろんです、私もとても楽しみにしてます。

その2へ続く・・・

取材・翻訳:高橋美佐


古楽アンサンブル
マグダレーナ・コジェナ&プリヴァーテ・ムジケ
2013年11月12日(火) 19時開演 東京オペラシティ コンサートホール
詳しい公演情報はこちらから

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