2021/8/6

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鈴木優人インタビュー「オルガンの音を全身で浴びにきてください」

鈴木優人

鈴木優人インタビュー
「オルガンの音を全身で浴びにきてください」

9月1日(水) に東京オペラシティ コンサートホールで久しぶりのオルガン・リサイタルを予定している鈴木優人、鹿児島の霧島国際音楽祭に参加中の7月下旬、バッハを中心にしたプログラムや、オルガンの魅力について、オンライン・インタビューでこたえてもらいました。

ー 今回のオルガンリサイタルでは、J.S.バッハを中心としたプログラムを演奏されます。

 オルガンリサイタルは久しぶりということもあって、初心に帰る気持ちで、J.S.バッハを中心に、名曲を集めました。ブクステフーデはあまり聴いたことない方もいらっしゃるかもしれませんが、オルガニストの間では、バッハの次に有名といえるくらいの人です。

ー ブクステフーデというと、バッハがその演奏を聴いてみたくて、リューベックまで400キロ歩いて行ったというエピソードを思い出します。やはり演奏していると、ブクステフーデのすばらしさを実感されますか?

 バッハが師匠のように仰いだ人ですからね。バッハの様式は、全てブクステフーデにあるといっても過言ではありません。幻想様式で書かれていて、ここまでが1楽章という明確な区切りがなく、めくるめく音楽が展開し、繋がっていくので、どんどん引き込まれます。

 また、オランダの作曲家スウェーリンクは、私がオランダに縁があるということで入れました。彼は、ブクステフーデを含むあらゆるドイツの作曲家を生み出すもととなった、今でいうインフルエンサーのような存在です。バッハのルーツを知ることができると思います。

ー その魅力は、音楽のどこに着目するとより感じることができるでしょうか?

 オルガンは、音色の選択や音圧でみせるという派手な部分もありますが、同時に、作品の美しさをそのまま映し出す鏡のような部分も大きな魅力です。シューマンも「子供のためのアルバム」の序文で子供たちにむけて、オルガンを弾く機会を逃さないように、オルガンはあなたを映す鏡です、と書いています。
 オルガンで演奏すると、作品自体が美しければそれが素直に響きます。例えば、作曲上の禁則で、平行八度や平行五度はいけないというものがあります。これは本来、歌がきれいに響くため、複数の声部が寄木細工のように見事に噛み合うようにするためのルールです。
 そこに多少のエラーがあったとき、ピアノでは音が減衰していくので、平行五度が全く気にならないわけではないですが、そこまで違和感が残りません。しかしオルガンで演奏すると、歌と同様、音がずっと伸びていきますから、美しく響かないのです。
 オルガンの演奏には、作曲家の技術がそのまま現れます。スウェーリンクの作品を聴くと、彼がいかに完璧かつ緻密な書法で、美しいバリエーションを書いたかが感じられると思います。

ー 選曲はどのようなものですか?

 前半の途中からは、キリスト教の基本的な祈りの文である「天にまします我らの父よ」をテーマに、まずスウェーリンクの「天にまします我らの父よ」、そこからバッハの「クラヴィーア練習曲集第3巻」より同タイトルの作品、そしてメンデルスゾーンのオルガン・ソナタ第6番とつないでいきます。
 バッハの作品は、とても複雑な5声部の曲で、コラールとコラールがカノンになっているうえ、もうひとつの声部もカノンになっているという、一体どうしたらそんな曲が書けるのだろうと思う、本当に凄まじい作品です。
 メンデルスゾーンのソナタも名曲で、冒頭からコラールで始まります。彼はシンフォニーにも堂々と賛美歌を入れるような人でしたが、オルガン・ソナタという器楽的なタイトルの作品にも、はじめから賛美歌を登場させています。

鈴木優人

ー オルガンという楽器の魅力は、どのようなところに感じますか?

 小さな頃から父が弾いているのを聴いてきたので、あまり客観的な魅力は語れないのですが、私が一番好きだと感じるところは、振動が直に伝わってくるところです。子供の頃、壁に寄りかかって父の弾くオルガンを聴いていると、体中が振動したんですよね。ホールの全ての壁が振動して、音が伝わってきます。

ー 会場全体が楽器になるという。

 はい。ですから、普通のコンサートではあまり良い席といわれない壁際の席がおすすめです。真ん中の“良い席”は、あまりおすすめしない(笑)。木の振動から近い場所のほうがいいと思います。いすれにしても、ホール全部が音で充満するので、楽器から遠い席でも間違いなく音が飛んできます。

ー 最初にオルガンの音を聴いた記憶はありますか?

 父が神戸の松蔭女子学院大学で教えていた頃、大学のチャペルのオルガンを弾いているのを聴いたことが幼児記憶としてありますね。神戸に引っ越したのは3歳の頃で、それ以前はオランダにいました。当時オランダの家にあった小さな電子オルガンの前に座った私が、一応、弾こうとしているような姿をおさめた写真も残っています(笑)。こちらはもちろん、記憶にはありませんが。

ー オルガンは、足の演奏も忙しいですよね。

 そうなんですよね。バッハなどは、足の達人だったらしいですけれど。
 足はチェロの最低音のCから2オクターブ少々という、手鍵盤の約半分の音域をカバーしています。音から音へレガートで足を動かすときなど、ほどよく滑るほうがいいので、演奏するときはダンスシューズを履きます。コンサートホールのオルガンは、そんな足の動きも含めて弾いてるところがよく見えるのがおもしろいと思います。その場合は、2階のバルコニー席がおすすめです。
 教会だと、鍵盤の前にオルガニストを隠すための木がつけられていることが多いんです。長い礼拝中、オルガニストがそこで食事をしたりタバコを吸ったりしていても見えないようにするためみたいですが。私の師匠は昔、そこでタバコを吸っていたら、上から煙が見えていたとあとで怒られたことがあると言っていました(笑)。

ー でも、それだけ生活に密着しているということですね。

 そうですね。私も学生時代、アムステルダムやハレなどの教会のパイプオルガンで練習していました。一般の人が出入りしている中で弾くことになりますから、すでにコンサートをしているような緊張感がありました。メトロノームを使いながら同じところを練習する、みたいなことは、やりにくいです(笑)。

ー ヨーロッパだと、教会での礼拝はもちろんそういった練習を耳にする機会など、パイプオルガンの音に触れる機会がありますが、日本にいるとそうではありませんね。学校教育でまず足踏みオルガンに触れる機会はありますが…。

 足踏みオルガンはリード楽器で、音の出し方が違うものですが、大きなパイプオルガンにもリードで鳴らす部分はあるので、共通する部分がないわけではありませんね。パイプオルガンは、現在では送風は電気のモーターで行われますが、昔は足踏みでしたから、その点も共通しています。
 今も教会のパイプオルガンの中には、裏に控えている「ふいご踏み」に合図を送るためのストップが残っているものもあります。裏にいると礼拝の進行状態がわからないから、長い説教が終わるころに、奏者がチリンチリンと音を鳴らして合図をするんです。昔の教会では、その鈴の音がわりと頻繁に聞こえたでしょうね。

ー 指揮者としても活動される中、鍵盤楽器奏者、とくにオルガン奏者として舞台に立つときの気持ちに違いはありますか。

 オルガンは一番落ちついていられる気がします。チェンバロやピアノだと、宮廷や小さなサークルで、聴いている人のために技術を見せる要素が強いですが、オルガン作品はあくまで儀礼や典礼のための音楽なので、個人が何かを披露する感覚がありません。その意味で、落ち着いて向き合えるのではないかなと思います。とはいえやはり演奏会となると、緊張するところはありますが。

ー 今度の演奏会も、お客さまはコンサートに行くという感覚もいいですが、そういった日常的な儀礼のための音楽を浴びにくる感覚で足を運んでもいいかもしれませんね。

 そうですね、音楽の実体を聴くというより、そこにオルガンが鳴っている空間に浸る、音楽を浴びるという感覚を味わっていただくのも良いと思います。
 昔の教会の様子を描いた絵の中に、冬の寒い時期、人々が柱のそばに座って暖をとりながら、オルガンに耳を傾けている姿を見ることができます。そういう、“通りすがりの音楽の補給”という感覚で捉えていただくのもいいですね。オルガンに限らず、どんな演奏会でもそういうところはありますけれど。

インタビュアー:高坂はる香(音楽ライター)


鈴木優人ズーム・インタビューの一部をジャパン・アーツYouTubeチャンネルで公開しました!


鈴木優人オルガン・リサイタル Zoomインタビュー

アフタヌーン・コンサート・シリーズ 2021-2022 前期
鈴木優人 オルガン・リサイタル

日程:2021年9月1日(水) 13:30
会場:東京オペラシティ コンサートホール
プログラム:
J. S. バッハ:プレリュードとフーガ ト長調 BWV 568
J. S. バッハ:「目覚めよと呼ぶ声が聞こえ」 BWV 645
スウェーリンク:「天にまします我らの父よ」
J. S. バッハ:「クラヴィーア練習曲集第3巻」より「天にまします我らの父よ」 BWV 682
メンデルスゾーン:オルガン・ソナタ 第6番 ニ短調 Op. 65-6
* * *
J. S. バッハ:トッカータとフーガ ニ短調 BWV 565
ブクステフーデ:前奏曲 ハ長調 BuxWV 137
ブクステフーデ:コラール「いかに美しきかな、暁の明星は」 BuxWV 223
J. S. バッハ:パッサカリアとフーガ ハ短調 BWV 582
公演の詳細はこちらから


⇒ 鈴木優人のアーティストページはこちらから
https://www.japanarts.co.jp/artist/masatosuzuki/

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