2012/9/20

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亀山郁夫先生による マリインスキー・バレエ開催記念講演会 レポート

マリインスキー・バレエ

9月15日、朝日新聞読者ホールで亀山郁夫先生による【マリインスキー・バレエ開催記念講演会】が行われました。ミリオンセラーとなった『カラマーゾフの兄弟』の翻訳などで私たちにロシア文学の素晴らしさを伝えてくださる亀山先生ですが、今回はさらに造詣の深いオペラ、音楽、絵画などにわたるロシア芸術の奥深い魅力をお話いただきました。

講演会は、先生がご覧になった1960年のマリインスキー・バレエ(当時は、レニングラード国立キーロフ・バレエ)の『白鳥の湖』公演の思い出から始まりました。今年生誕100年になるナターリヤ・ドゥジンスカヤ(マリインスキー劇場のバレエ公演は、彼女を記念した『ライモンダ』で2012/2013シーズンの幕を開けます)の舞台で、当時12歳だった亀山青年はその優美な指先に見てはならないもの、それゆえに魅惑的・・・なものとして記憶しているとおっしゃっていました。また、1960年と言えば安保闘争に揺れた時代だったことにも触れられました。

その後、オペラにとりあげられた19世紀のロシア文学作品として、チャイコフスキー作曲のオペラ『エフゲニー・オネーギン』『スペードの女王』、ムソルグスキーの『ボリス・ゴドゥノフ』、リムスキー=コルサコフの『金鶏』などプーシキンの独壇場であること、中でも『金鶏』お伽話である中に実は風刺と教訓が込められていることが指摘されました。
またバレエ・ファンにとっては『バフチサライの泉』や『パリの炎』の作曲家として知られているアサフィエフが、プーシキンの詩を題材に『青銅の騎士』というオペラを作曲していることが紹介されました。
さらに時代を経て、プロコフィエフ(『賭博者』『戦争と平和』『石の花』)、ショスタコーヴィチ(『鼻』『ムツェンスク郡のマクベス夫人』)、グリエール(『青銅の騎士』こちらはバレエ音楽)、前述のアサフィエフ、『アンナ・カレーニナ』『かもめ』『犬をつれた奥さん』のバレエ音楽を作ったシチェドリンなど20世紀の作曲家たちも、19世紀のロシア文学を題材にしているという話になりました。
亀山先生は、20世紀を代表するロシアの作曲家について考える時、プロコフィエフは20世紀のモーツァルトであり、ショスタコーヴィチは20世紀のベートーヴェンであると言えるのではないか・・・とおっしゃっていたことが、とても興味深く感じました。

マリインスキー・バレエ

予想どおり、ロシア芸術の多岐にわたるお話の後、いよいよ「19世紀後半のロシア女性の5つの愛のかたち」という本題になりました。その中でも最も興味深かったのは、ドストエフスキーの『白痴』に登場するナスターシャと、トルストイの『アンナ・カレーニナ』との対比です。
ドストエフスキーの作品の登場人物(特にナスターシャ)は、ほとんどが何らかの傷(トラウマ)を背負っており、その傷がある種の劇的な、ロマンティックなドラマを作りあげている。それに対し、アンナは健やかに成長し、とどこおりのない生活を送っている中に忍びよる“運命”のちから、逃れられない“宿命”によって起きるドラマが描かれている、という指摘に大きく頷かされました。先生はブンガク青年だった中学2年生のころ『罪と罰』を読んでから、ドストエフスキーに傾倒し、トルストイは少し苦手とおっしゃりながらも、今回久しぶりに『アンナ・カレーニナ』を読み返してみて、トルストイの成熟した人間への洞察力に改めて感嘆した、偉大な叡智を感じる作家であることを改めて認識したと話されていました。
そこから、今年の秋にマリインスキー・バレエが上演する『アンナ・カレーニナ』では、アンナとヴロンスキー、アンナと夫のカレーニンが踊るシーンに注目して欲しい、二人で踊るということは、そこに身体、表情を通じた感情表現が明確にあり、その中でどのように“愛”“無関心”“軽蔑”“復讐”を表現するかが見どころになるとおっしゃっていました。
最後に、これまでに映画、演劇などでアンナを演じた女性たちの画像を20枚ほど並べご覧いただいた後、汽車の窓から物憂げに外を見る女優は誰?というクイズ。すぐに「グレタ・ガルボ」と答えてくださった方がいて正解!先生の近著がプレゼントされ、満席のお客さまの拍手の中、講演会を終了いたしました。

マリインスキー・バレエ

トリビア
「復讐するは我にあり、我これを報いん」
『アンナ・カレーニナ』の冒頭に引用されている言葉です。これは聖書の中の「ローマ信徒への手紙」の中にあるもので、“我”とは主イエスなのだそうです。そしてその言葉は、アンナが鉄道自殺する場面で一瞬躊躇するのですが、「何か巨大なもの、容赦ないものが…引きずっていった。」という文章に呼応していると、亀山先生は解説してくださいました。アンナはなぜ、自殺したのか。どこにも行き場がなく切羽詰ったアンナは、最終的にはヴロンスキーへの復讐の気持ちから、神のみぞ知る運命に引き込まれるように結末を迎える…。
“復讐”をどのように表現するのか…これもバレエをご覧いただく際の大きな見どころになりそうですね。

そして、もうひとつ。『アンナ・カレーニナ』は「幸せな家族はどれもみな同じようにみえるが、不幸な家族にはそれぞれの不幸の形がある。」という文章から始まります。冒頭から深~い『アンナ・カレーニナ』。今、書店にはヴィシニョーワの舞台写真が掲載された帯のついた文庫本が並んでいます!

マリインスキー・バレエ

最後にもうひとつ。
マイヤ・プリセツカヤが主演している映画『アンナ・カレーニナ』が、神奈川県民ホール、埼玉会館で上映されます。
詳しくはこちらのwebをご覧ください。
http://gakugakai.com/gakugakai2012/2012anna.html

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