2012/9/26

ニュース

  • Facebookでシェア
  • Twitterでツイート
  • noteで書く

テノール マルティン・イリエフ インタヴュー[ソフィア国立歌劇場]

岸 純信(オペラ研究家)

 ステージでの情熱的でヒロイックな歌いぶりとは裏腹に、稽古場では実に物静かなテノール、マルティン・イリエフ。「喉が何より大事なので、歌う以外は一切口を開きたくないぐらいです(笑)」と語る彼ならではの、深い芸術観をじっくりと訊いてみた。

マルティン・イリエフ

 「ブルガリアの『バラの谷』の街カザンラクに生まれました。5月から6月にかけて日本からも大勢の観光客が来られますよ。6歳の頃からヴァイオリンを習い、クラシック音楽に親しむようになりましたが、成長するうちに舞台で演じたい、歌いたいという気持ちがとても強くなりました。そこで、カザンラクにある二つの劇場(音楽用と演劇用)で合唱や助演をやりながら、音楽院で学び、オペラ歌手への道を歩もうと決心したのです。最初の頃は低音域が良く出たのでバスのレパートリーから始めましたが、テクニックを覚えるうちに徐々に上の音が出るようになり、師事していた先生の勧めでバリトンに転向しました。でも、この頃はまだ、自分の喉の『本領』がテノールにあるとは判っていなかったので、それ以上の音域には挑戦せずじまいでした。オペラの本舞台へのデビューは《ラ・ボエーム》のマルチェッロです。今回日本で演じるカヴァラドッシと並ぶ、プッチーニが生み出した偉大なる画家ですよ(微笑)」
 そして、その後さらに声が発展を遂げ、テノール・ドランマーティコ(劇的なパートを得意とするテノール)に生まれ変わることに。
 「数年間バリトンで舞台に立つうちに、テノールの英雄的な役柄に対する憧れがどんどん高まってきました。具体的には、ヴェルディの《オテッロ》がやりたくてたまらなくなりました。そういったキャラクターの方が、持ち声の『音色』にもより深く嵌るように思えたのです。そこで、練習を重ねて最高音域を開発し、テノールで再デビューを果たしました。以来、オテッロに加えて《アイーダ》のラダメスや《ノルマ》のポリオーネ、《ドン・カルロ》や《ジークフリート》の主人公、そして今回日本で演じる《トスカ》のカヴァラドッシといった役柄を中心に歌い続けています」
 色濃く逞しい声音が最高音でも変わることなく響き渡るのがイリエフの強み。その彼から観た画家カヴァラドッシの人物像とは?

マルティン・イリエフ

 「彼は『本物の芸術家』ですね。誰よりも自由を愛し、縛られたり強制されたくはない男です。だから、スカルピアの残忍で強圧的な姿勢はカヴァラドッシにとっては一番耐えられないもの。ナポレオン軍戦勝のニュースに〈勝利だ!Vittoria!〉と叫ぶという、権力者側への挑発的な態度も自然の成り行きです。そこで黙っていてはカヴァラドッシではないのです(笑)。2つのアリアも、愛の二重唱も、処刑前のトスカとの悟りの対話も彼の様々な面を引き出す名場面ですが、第2幕で歌うフレーズの一つ一つも、皆様にじっくりと耳を傾けて頂きたいものばかりです。この11月の来日公演は、私にとっても待望の日本初訪問になります。皆様の前で《トスカ》に全力投球します!」

マルティン・イリエフ

写真:©VICTOR VICTOROV

ページ上部へ