2013/5/1

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「注目のピアニスト」インゴルフ・ヴンダーについて

インゴルフ・ヴンダー

 5月に来日予定であるピアニストのインゴルフ・ヴンダーとウィーン交響楽団、両者の初顔合わせとなる演奏会が2013年3月13日、ウィーナー・コンツェルトハウス大ホールで開催された。
 インゴルフ・ヴンダーは2010年のショパンコンクールで第2位に入賞して以来、ウィーンの音楽界で注目される存在となった。オーストリアの南に位置しイタリア及びスロヴェニアと国境を接するケルンテン州の州都クラーゲンフルトに生まれ、アーティスト揺籃の地といわれるオーバーエスターライヒ州のリンツで育ち、そののちウィーン国立音楽大学へ進学、さらにポーランドのアダム・ハラシェヴィチのもとで研鑽を積んだ。ショパンコンクールから3年が過ぎて、これからどのように飛躍していくのか、まさに勝負の時を迎えている彼が、ウィーン交響楽団との初共演に選んだ曲はベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番である。
 ピアノソロで始まるこの名曲、ヴンダーはおもむろに、そして淡々と弾きはじめた。その音色はモノトーンでまとめられていて落ち着きがある。ドイツ・グラモフォンのCDで聴く音色とは明らかに違い、彼の色彩観が刻々と進化している事を裏付ける。彼の呈示した第一主題をオーケストラは穏やかに受け継いだ。ウィーン響はエモーションに溢れた人間味のあるオーケストラである。包容力ある弦楽器が第二主題を呈示、続いて哀愁を帯びたウィンナ・オーボエがそれを奏でると、ウィーン響ならではの心に沁み入る響きが広がる。初共演の見どころはやはり両者のやりとりだろう。ヴンダーはオーケストラにコンタクトしようと懸命に働きかける。演奏中に空いている手で指揮をしたり、長いパッセージにアクセントを鏤めたりするのは、そうした気持ちの表れだろう。オーケストラとの一体感を意識した細く流麗な音は、絹の糸のような短いパッセージもあって、意表をつくようなアイデアを常に探している感じである。
 また面白いのは手の使い方だ。様々な工夫やトリックがあり、見ていて飽きない。打鍵した後に、ヴァイオリンにヴィブラートをかけるような指を鍵盤に押し付けて振るわせる奏法を好むのは、ヴァイオリンからピアノへと転向した彼らしいといえるだろう。第3楽章にはいると、クラコヴィヤクのようなリズム感を印象づける。オーケストラも合いの手を入れるようにのってくる。チェロソロ奏者が芳醇な音でバスを奏でると、その上でヴンダーは表現の翼を広げる。
 こうした両者の応酬が続き、期待が高まったところで現れるカデンツは巨匠ヴィルヘルム・バックハウスによるものを選んだ。オリジナルよりもはるかにヴィルトゥオージティをアピールできる長大なカデンツである。これをヴンダーは一筆書きにしようと試みた。定めた目標へ一気に驀進していくのだが、どの局面でも軽やかさ
を忘れることはなかった。
 演奏終了後、会場から大きな温かい拍手が巻き起こった。観客の中にはピアニストのパウル・バドゥラ=スコダの姿もあった。オーケストラ、指揮者、聴衆に見守られながらのびのびと自分らしさを追求したステージだった。アンコールはショパンの幻想即興曲、観客は待っていましたという様子で、彼の繊細なピアニズムに耳を傾けていた。

(2013年3月13日 ウィーン)
文:山田亜希子(音楽評論家/在ウィーン)


―名匠&名手が織りなす―煌めきの瞬間(とき)―
大野和士 指揮 ウィーン交響楽団

2013年05月13日(月) 19時開演 サントリーホール(ヴァイオリン:庄司紗矢香)
2013年05月15日(水) 19時開演 サントリーホール(ピアノ:インゴルフ・ヴンダー)
公演の詳細はこちら

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