2025/9/1

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【現地レポート】藤田真央 ザルツブルク音楽祭デビュー

驚異的な一体感、インティメートな対話〜藤田真央&ハーゲン弦楽四重奏団、ザルツ
ブルク音楽祭公演

取材・執筆:加藤浩子

 藤田真央がザルツブルク音楽祭にデビューを果たした。それも、ザルツブルクで生まれ、ここを本拠にしてきたハーゲン弦楽四重奏団との共演である。会場のモーツァルテウムはハーゲンの故郷のようなところで、しかも来シーズンで引退を表明している彼らにとって、夏の音楽祭では最後の公演だ。そこに藤田が招かれたことに、ハーゲンの彼への信頼を感じる。2年前に日本で共演して成功を収めたことも、もちろんあったのだろう。

 今回はスイス、ポーランド、そしてザルツブルクの3箇所を回るツアーで、その最終地にザルツブルクが選ばれた(ただし来年5月にウィーンでもう1回ある)。曲目はブラームスのピアノ五重奏曲。このジャンルを代表する名曲である。藤田の方も、ハーゲンへの敬意は絶大だ。開演前にインタビューの機会を得ることができたが、「 今回演奏するブラームスのピアノ五重奏曲は調和に満ちています。それに交わるのが好きです。ハーゲンの皆さんは私のことも尊重してくださいますが、みんなで作り上げるという彼らの感覚が好きなのです。彼らは素晴らしく尊い音楽を奏でているので、私もそれに交わって、本当に良い音楽として昇華させたい」 と語っていたのは忘れられない。まさにその言葉通りの演奏だったからだ。
 作曲家や作品、共演相手によって音色を変えられる藤田のたぐいまれな才能は今回も健在だった。何より心を動かされたのは、音楽を大切にし、細部にこだわって磨き上げるハーゲンの方針への藤田の共鳴である。弦楽四重奏+ピアノ独奏になることは決してなく、アンサンブルの一員として溶け込む。あたたかで繊細な音色は弦楽器に寄り添い、通奏低音のように他楽器を支え、パート間を埋め、結びつける。モーツァルテウムの克明で華のある音響も、彼らの対話を客席に届けるのに味方する。
 一体になって作り上げる歓びを最大に感じたのは第二楽章。ピアノが先導する親密なやり取りが落ち着いたテンポに乗って紡がれてゆくが、フレーズごと、時に小節ごと一音ごとに変わるデュナーミクや音色の彩りの豊かさに鳥肌が立った。豊かと言っても決して過剰ではなく、節度を保った中での多彩さなのだ。音が消えるわずかな瞬間も音楽で埋め尽くされる。藤田の音色は柔らかく陰影に富み、自分が先立つ時でも弦が主題を担当する時でもハーゲンと融和して自己主張しないが、弦の合間でふとピアノの全貌が現れる時の美しさはまさに天国の門が開くようだった。ブラームスのシャイな内面に潜んでいた美しさの泉を垣間見た思い。奏者たちが見交わす眼差しにも〜特にヴィオラのヴェロニカ・ハーゲン〜信頼と温かみが宿り、音楽がもたらす至福を目の当たりにすることができた。
 音楽の節度と品格は、後半の二つの楽章でも保たれた。第3楽章ではスケルツォ主題の闊達さもさることながら中間部の穏やかな対話がより魅力的で、第4楽章では悲痛さの中にも甘さが滲む弦楽器の歌と、端正なテンポを保ったままでのダイナミックな追い込みとの対照に息を飲んだ。
 客席の満足度も高く、暖かな反応に包まれたデビューとなったのは幸いだった。
 藤田の出番は前半のブラームスのみで、後半はチェロのユリア・ハーゲンが加わり、シューベルトの弦楽五重奏曲が演奏された。こちらも細部まで練り込まれ、さらにスケール感の加わった名演。ブラームス同様、緩徐楽章に当たる第2楽章の考え尽くされた表現には唸らされた。夢見るようなヴァイオリンの旋律にも、チェロの対旋律が激しさを加える切迫した中間部にも、魂の底に触れるような切なさが漂う。終演後はスタンディングオベーションとなり、故郷が誇る名団体を讃える拍手が長く続いた。


≪公演情報≫
キリル・ゲルシュタイン × 藤田真央
2025年12月9日(火) 19:00 サントリーホール
[キリル・ゲルシュタイン(ピアノ), 藤田真央(ピアノ)出演]
https://www.japanarts.co.jp/concert/p2160/


⇒ 藤田真央のアーティストページはこちらから
https://www.japanarts.co.jp/artist/maofujita/

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