2023/10/23

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【2月に来日!】イム・ユンチャン インタビュー

イム・ユンチャン

(高坂はる香/音楽ライター)

2月に初となる日本全国でのリサイタルツアーを予定するピアニスト イム・ユンチャン。
音楽ライター高坂はる香さんに、鮮烈なデビューとなったヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールの思い出からお話を聞いていただきました。

—ヴァン・クライバーンコンクールは、改めて振り返るとどんな思い出ですか?

 できる限り良い音楽を多くの方々に届けたいと努力する、ただそれだけでした。練習ばかりで、日々がどのように過ぎ、どんな感情だったかも覚えていないくらいです! 結果的に優勝でき、コンサートの機会が増えたことはとても良かったです。

—コンクール中、4日間徹夜で準備したこともあったそうですね。

 はい、本当は休むべきでしょうけれど、そうしなくては自分が望む音楽ができませんでした。クライバーンは、私が知る中でもっとも多くのレパートリーを要するコンクールの一つで、それを自分が望む水準に仕上げるには、時間が必要でした。
 とはいえ、実は後で体調を崩してしまったので、以後そういうことはしていません(笑)。

—そんな睡眠不足の状態でもインスピレーションが湧いてくるものですか?

 アドレナリンが出ていたのだと思います。あのレパートリーは、時間をかけなくては求めるレベルに近づけないものでした。逆に、あえて練習を長くしないほうがいいレパートリーもあります。

—例えば?

 以前、ショパンのエチュードOp.25を演奏したときは、あえて2、3週間この作品から離れ、ほぼぶっつけ本番で弾いたら、逆に自由になれて良かったことがありました。

—演奏が始まると雰囲気が変わり、感情が露わになるところが印象的です。演奏前の気持ちの切り替えのためにしていることはありますか?

 自分では何かが変わっている意識はないのですが(笑)。でも、作品によって演奏前の心構えが変わる部分はあります。例えばベートーヴェンの「皇帝」なら、最初からスパークを起こすような気持ちでいる必要があります。
 あとは日によって、前日にどう演奏するかを頭の中でシミュレーションして臨むときもあれば、何も準備せず、ピアノの前に座ったときの即興的な感覚で演奏するときもあります。

—本番中、テクニック的なコントロールを保ちながら音楽に没入する、その感覚のバランスはどう保っているのですか?

 それについてもあえて考えたことはないですね……やりたいことを舞台上でやっています。次はどう弾こうかなという即興的な選択が連続している感覚です。

—「皇帝」は、今年日本ではプレトニョフ指揮/東フィルと演奏されました。プレトニョフさんの印象はいかがでしたか?

 確信に満ちた素晴らしい天才ですが、音楽の前ではとても謙虚な方で、私にもとても優しく接してくださいました。
 今回は複数公演あったので、1回目と2回目で私があえて解釈を変えて演奏してみたところ、当然のように全て合わせてくださいました。まるで、「私はあなたが何をしようとしているか全部わかっているよ」と言わんばかりに(笑)。おかげで楽しく演奏できました。

—ピアニストとしての大先輩でもありますね。

 はい、求める音楽をいつでも自由に作れる天才です。プレトニョフさんは、ピアニストの活動から10年も離れていたにもかかわらず、戻ったときにずっと演奏し続けていたかのようで、むしろ音楽的な深みを増していました。優れた音楽的運動神経といいましょうか、それを持ち合わせている方こそ、私が思うピアノの天才です。

—子供の頃から今まで聴いてきた録音で影響を受けたものは?

 ピアニストになりたいと思ったのは9歳で、その頃、ショパンのワルツを演奏するようになりました。その時先生から勧められて聴いたのは、ラフマニノフとキーシンの録音です。
 ラフマニノフの弾くショパンは、最近も聴いています。それから偉大なピアニスト、ギーゼキングのベートーヴェン、スクリャービンの義理の息子でもあるソフロニツキのスクリャービンも好きです。

—今度のリサイタルでは、ショパンのエチュード全曲を演奏されます。これに取り組むことにしたのはなぜでしょう。

 伝説のピアニストはみんな取り組んでいるレパートリーで、その伝統を自分も受け継ぎたい思いがあるからです。

—この作品について影響を受けている録音はありますか?

 アルフレッド・コルトーです。疑う余地のないベストですね。

—エチュードを弾き込んでいくと、ショパンへの理解が一層深まるのではないかと思います。今、ショパンはどんな存在ですか。

 ショパンは私の心の奥深くに根付いています。そのうえで最近、画家のドラクロワが日記の中で友人だったショパンについて書いていることを読み、共感している部分があります。
 ショパンの音楽は、魅力的な香水の香りのよう。でも、それはまるで通り過ぎる香りのようで、いつの間にかサッと消え去ってしまう。なんとかしてその香りを、濃く、深く感じたい。そう思わせるのがショパンの音楽なのです。

—リストの超絶技巧練習曲全曲もレパートリーとし、クライバーンコンクールで演奏されています。ショパンとリストの音楽、ピアニズムの違いをどう感じますか。

 リストのことは、多くの方がテクニックだけの音楽家という誤解をしていますが、実際には、彼は当時最高のベートーヴェンの解釈者でした。作曲面でも根底にはベートーヴェンの影響があるので、楽譜がとても充実しています。その意味で、楽譜の通りに演奏すればいいのがリストです。
 一方のショパンにはモーツァルトからの影響があるので、オペラのアリアのように演奏する必要があります。さらに、楽譜に基づき自分だけの想像力を働かせる必要があります。

—ユンチャンさんはバッハもお好きだと思いますが、ショパンとバッハの関係に何を感じますか?

 ショパンがバッハの平均律を毎朝練習していたのは有名な話ですし、バッハの影響のもと書いた作品も多くあります。ただ、二人の間に感じるものを一言で表現するのは、難しいですね……。

—バッハに関連していうと、ショパンのエチュードは、指、音楽的な表現、そして複数のメロディが組み込まれた中でどれをどう歌わせるかのトレーニングでもあるのかなと思います。その意味で、弾く上で意識していることはありますか?

 16分音符、全てが歌の歌詞だと思いながら演奏することは心がけています。その意味では、やはりモーツァルトのほうに近い感覚ですね。
 ショパンのエチュードは、エチュードという形で作られていますが、想像力を大きく膨らませ、詩的な表現をすることが演奏の核心になると思います。

—ところで優勝後の記者会見のタイミングで、本当は森の奥で一人でピアノを弾く生活が良いと発言して、みんなを驚かせていました。そんな暮らしを理想とするあなたが今こうして忙しく演奏活動しているわけで、どう感じているのでしょうか。

 森にこもりたい気持ちは今でもありますよ(笑)。理想は、みなさんには私の音楽を録音で聴いてもらうことですが、それは現時点では無理そうです。
 あと10年、20年ぐらいがんばって有名になれたら、ある日突然私が表舞台から消えても、みなさんには録音を探していくらでも聴いてもらえるようになるかなと。それまでは演奏活動を続けてみようと思っています。

—20年後でもまだ39歳ですが、音楽ファンはあなたが40歳、50歳以降の音楽が聴きたいのではないかと思います。年を重ねて変化することについてはどう感じていますか。

 例えばアンドラーシュ・シフさんは、若い頃もすばらしいですが、50歳以降の音楽にはまた別の魅力があります。先輩方の話からも、音楽家が全盛期を迎えるのは50歳からだというのは事実だと思います。そう考えると長く演奏し続けることも大切だろうとは思います。
 それでも、自分が50歳になったとき、もう十分だと感じて他の仕事をしている可能性がないとは断言できないのです……。

—長く続けるためには息抜きも大切でしょう。ピアノ以外では、80年代のK-POPを聴くのがお好きだそうですが。

 はい、80年代から90年代前半のK-POP、例えば、ユ・ジェハさん、キム・グァンソクさん、キム・ヒョンシクさんなどが好きです。3人ともすでに他界された男性ミュージシャンですが、彼らが現代のK-POPにつながる基本を作りました。

—あなたにとって、ピアノを弾くことにはどんな意味がありますか。

 昔は自分の満足のためにピアノを弾いていました。でも演奏経験を重ねるうち、作曲家に対する尊敬がますます強くなり、改めて一番大切なのは作曲家だと悟るようになりました。
 私に限らず誰のものでも、演奏一つで社会を大きく変えることは難しいと思います。それでも願うのは、私のピアノを聴くことが誰かに少しでも変化をもたらしていたらということ。それだけで自分は満足です。


《公演情報》
mediheal&sekido(イム・ユンチャン ピアノ・リサイタル) present
衝撃の初来日から1年───甦る熱狂の記憶
イム・ユンチャン ピアノ・リサイタル
https://www.japanarts.co.jp/concert/p2046/
2024年2月5日(月)19:00 東京オペラシティコンサートホール
曲目:オール・ショパン・プログラム
3つの新しいエチュード
12のエチュード Op.10
12のエチュード Op.25

≪追加公演決定!≫
mediheal&sekido(イム・ユンチャン ピアノ・リサイタル) present
イム・ユンチャン ピアノ・リサイタル(川崎)
https://www.japanarts.co.jp/concert/p2072/
2024年2月10日(土) 19:00 ミューザ川崎シンフォニーホール
曲目:オール・ショパン・プログラム
3つの新しいエチュード
12のエチュード Op.10
12のエチュード Op.25

[公演日程]
2024/2/1(木) 東京芸術劇場 ★
2024/2/3(土) 三井住友海上しらかわホール
2024/2/5(月) 東京オペラシティ コンサートホール
2024/2/6(火) ミューザ川崎シンフォニーホール
2024/2/10(土) ミューザ川崎シンフォニーホール
2024/2/11(日・祝) ザ・シンフォニーホール
★ 亀井聖矢(ピアノ)とのデュオ公演

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