2023/9/22
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大西宇宙 インタビュー《前編》「ジュリオ・チェーザレ」、「モーツァルトのオペラ」について語る
インタビュー後編 >
彗星のごとく現れてからいまや声楽界のトップランナーとしてひた走るバリトンの大西宇宙さん。今年も様々なステージに立ち、卓越した歌唱力と演技とでますます評価と人気とを高めています。スケジュールもぎっしりで「もっとも忙しいバリトン歌手」と言われる大西さんですが、オペラの稽古の合間にインタビューする機会があり、10月のリサイタルやオペラなど注目の公演について訊きました。明るさとバイタリティ、時に知的な雰囲気は相変わらず。この日は淡いブルー系のジャケットに白のシャツ、薄いグレーのパンツという都会的なコーデで登場、いい感じです。 (ききて・ライター 城間勉)
モーツァルト「ドン・ジョヴァンニ」を振り返って
──オペラにコンサートに大活躍の大西さんですが、オペラといえば、7月の兵庫県立芸術文化センターでの佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ《ドン・ジョヴァンニ》にタイトル・ロールで出演されてオペラファンの間で大きな話題となりました。ご自身にとってどんな発見がありましたか?
大西宇宙(以下、大西) 大きな手ごたえを感じていますね。兵庫での《ドン・ジョヴァンニ》については、いままで自分の中で培ってきたことが正しかった、自分ならではの仕事ができたのかな、と感じていますね。キャストとしてもすごく完成度の高い上演となったと思う。チームとしての団結力も高かった。
《ドン・ジョヴァンニ》は主人公が序盤から最後まで舞台に出ずっぱりなんですね。《エウゲニー・オネーギン》など他のオペラでもこんなに長い時間歌って演技することなかったです(笑)。大変な役。ドラマがすべてドン・ジョヴァンニの周りで起こっているし、常に自分が観られているということでかなり神経を遣いました。
──2幕の地獄落ちのシーンでテンションを全開にするわけですか?
大西 このオペラ、ラストだけでなく、序盤の騎士長殺しの場面から集中力がフルに必要なんですね。なのでエネルギーの配分をアーチ状に維持するというより、僕の場合は全編テンション上げています。声域的には《フィガロの結婚》の伯爵よりも少し低いのでセクシーな感じになるわけですが自分の声に合っていると思うし歌いやすい。佐渡裕さんの指揮も素晴らしかったし、デイヴィット・ニースの演出も自然だったと思います。
──新国立劇場の次シーズンでは《コジ・ファン・トゥッテ》にも出演されますね。
大西 はい、グリエルモを歌います。実はオペラで最初に歌った役なんです。音大時代に1幕、2幕、全幕の順で三年間にわたり歌い、ニューヨークでもMETの研修生の公演でカバーに入ったこともあるなど、かなり経験していますね。兵庫の《ドン・ジョヴァンニ》に続いての出演となりますからベストタイミングが来たな、と感じています。モーツァルトはライフワークになりつつあるので嬉しいです。
──「ダ・ポンテ三部作」(《フィガロの結婚》《ドン・ジョヴァンニ》《コジ・ファン・トゥッテ》)としての魅力をどのように捉えていらっしゃいますか
大西 ロレンツォ・ダ・ポンテは社会情勢の影響もあり、ヨーロッパからニューヨークに渡るのですが、ニューヨークには彼の墓があったりと、意外に身近な存在になっていたんです。ダ・ポンテは人間の本質を辛辣に描く、しかもドン・ジョヴァンニも垣根のない愛情を回りに注ぎ、自由・平等・博愛を謳っているようで、悪い人物とも思えないんです。
ダ・ポンテは人間の性を描いていて、モーツァルトの音楽も整然なようでありながら、感情表現は偽りがなくとてもリアルですね。新国立劇場の《コジ》はキャンプ場という設定も面白そうだし楽しみです。
《コジ・ファン・トゥッテ》は上演時間が長いのと登場人物6人全員が主役なので、出演者は大変です。演出に関しては《フィガロ》でも言えますが、物事の本質からズレてしまいがち。《コジ》も《フィガロの結婚》もある程度ディープな面を大切にしないとドラマとしてつまらなくなってしまう。《ドン・ジョヴァンニ》では主人公が死んだ後に残された人間たちがこの先一体どのような人生を送るのか?という疑問をお客さんに提起するじゃないですか。《コジ》も同様。いちおうコメディなので表面的には笑いで終わりますが、実はその先に何かがあるんじゃないか、こんな事が起きたら皆さんどうしますか?と辛辣に問いかけてくるのが「ダ・ポンテ三部作」の凄さであり面白さだと思います。
──10月にはバッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)とでヘンデル《ジュリオ・チェーザレ》の公演も控えてます。
大西 そうなんですよ。鈴木優人さんプロデュースのオペラで、《リナルド》の(アルガンテ役)に続いての出演となります。今回はアキッラというエジプト軍の武将の役。陰謀を企むドラマとしては影の主役といえるくらい重要な人物です。目的のためなら手段を選ばない、でも単に悪役にとどまらない興味ぶかいキャラクターです。最終的には野望は果たせず死んでしまうのですが、今回の佐藤美晴さんの演出ではどうなるんでしょうか。僕自身も楽しみです。
アキッラはアリアを3曲歌うんです。バロック・オペラですから、ダカーポアリア、つまりA-B―A‘の形式で繰り返しの部分(A’)ではアジリタ(俊敏な音型の装飾唱法)を即興的に付けた変奏のかたちで歌います。去年BCJと「メサイア」を共演したときはトランペットとの変奏合戦となり、さらにチェンバロも参入しての大盛り上がりとなりました(笑)。この「ジューリオ・チェーザレ」でも思いっきりやります。
BCJとの共演で常に感じるのは、僕の能力値を高めてくれること。鈴木優人さんは多くの言葉を用いて自分のやりたいことを明確に伝え、深く考えさせてくれるんです。奏法に関して彼らのこだわりがあるんでしょうけれど、こちらの自由さを尊重してくれる。新鮮な感覚を研ぎ澄ませて臨まなくてはならないところはありますね。その意味でとてもクリエイティブな仕事ができる。得るものは大きいですね。モーツァルトのオペラを歌うときにも活きるんです。
─2024年2月にはやはり鈴木優人さんの指揮バッハ・コレギウム・ジャパンの公演で「魔笛」に出演されます。バッハ・コレギウム・ジャパンのモーツァルト・オペラシリーズの第1弾ということですね。
大西 はい。パパゲーノは初役になります。「ダ・ポンテ三部作」の人物たちとはまったく異なったキャラクター。パパゲーノはドン・ジョヴァンニやグリエルモに比べると音域が狭いうえに旋律的にもシンプル。譜面の上では簡単なように見えますが、それだけに歌と演技の表現力とが要求されるということでしょう。この公演は日本画家の千住博さんが美術を担当するというので楽しみですし、演出の飯塚励生さんは兵庫芸文で「ドン・ジョヴァンニ」を演出したデイヴィット・ニース氏をアシストされた方なので、今回もご一緒できて安心感があります。
公演情報
鈴木優人プロデュース/BCJオペラシリーズ Vol.3
ヘンデル 歌劇「ジュリオ・チェーザレ」
2023年10月11日(水) 16:00 東京オペラシティコンサートホール
https://www.japanarts.co.jp/concert/p2036/
他、10月7日(土)兵庫県立芸術文化センター、10月14日(土)神奈川県立音楽堂
ORCHARD PRODUCE 2024
鈴木優人&バッハ・コレギウム・ジャパンx千住博
モーツァルト:オペラ≪魔笛≫ 2024年2月
https://www.bunkamura.co.jp/orchard/lineup/24_diezauberflote.html
新国立劇場「コジ・ファン・トゥッテ」2024年5月~6月
https://www.nntt.jac.go.jp/opera/cosi/