2022/12/21

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【2023年3月公演へ向けて】王道の「行き当たりばったり」、稀にみる漆原啓子の安定感はさらなる高みへ

漆原啓子

漆原啓子デビュー40周年記念リサイタルシリーズ、第3回はフランス音楽

取材・執筆=池田卓夫

漆原啓子が2022年11月9日、Hakujuホールで開いた「デビュー40周年コンサートシリーズ」第2回は共演歴の長いドイツ人ピアニスト、ヤコブ・ロイシュナーとのデュオ。当日の録音を取り寄せた。音だけで接すると、漆原の小細工を全く弄さない正攻法のアプローチ、骨太の音色、揺るぎない安定感が一段とはっきり、前面に出てくる。

音楽業界のジェンダー(性差)意識も急激に変化するなか、女性演奏家の外見を論じるのも気がひけるが、ホールの実演ではやはり、華やかな衣装、優雅な身のこなしといった部分に目を奪われてしまいがちだ。ところが音だけで聴く漆原のドイツ系音楽のソナタの数々は一貫して「男前」であり、歴代の巨匠に連なる風格とスケールを備えている。

モーツァルトの「ヴァイオリン・ソナタ第23番ニ長調K.306」はロイシュナーがしつらえた非常に堅固な土台の上に、漆原の入念に吟味され、極めて安定した美音が緊密にからむ。一瞬の哀しみからオペラを思わせる愉悦まで、楽曲の多彩な表情を描き出す。

ブゾーニのソナタは「ロイシュナーさんに長年『合っている』と言われながら、なかなか手をつけずにいましたが、いざ準備に取りかかったら『隠れた名曲』と確信しました。イタリア人ですが、ベルリンで活躍したこともあり、ドイツ物の回に入れたのです」。10年がかりの懸案だけに2人のデュオには一層の熱がこもり、有無を言わせない説得力で聴き手を巻き込む。「難曲」の表現がふさわしくないほどに聴きやすく、激しい情熱の跡に残る余韻に至るまで、珍しいレパートリーに隠された味わいを味わい尽くした。

後半はベートーヴェンの「ヴァイオリン・ソナタ第9番イ長調作品47《クロイツェル》」。作曲家自身、委嘱者ブリッジタワーのヴィルトゥオーゾ(名技)志向ではなく、献呈者クロイツェルの「品性確かな演奏」を評価したとされる。漆原とロイシュナーの解釈もいたずらに効果を狙わず、ウィーン古典派音楽の最高峰に位置する作品の〝緻密な気合い〟を丁寧、適確に再現した。事前の取材でも「ベートーヴェンの弦楽四重奏曲全曲を演奏し、見えてきたものもあります」の言葉に、ひそかな自負を漂わせていた。

2023年3月11日、東京文化会館小ホールの第3回は野平一郎をピアノに迎え、フランス音楽と野平への委嘱新作の世界初演と、またまた大きく方向を変える。「私、本当に行き当たりばったりなのです」と謙遜するが、どの分野に進んでも高水準の成果を残せるのだとしたら、それは「行き当たりばったりの王道」との賞賛に値するはずだ。

音楽ジャーナリスト@いけたく本舗®︎
https://www.iketakuhonpo.com/


漆原啓子
《公演情報》
漆原啓子&野平一郎 デュオ・リサイタル
日程:2023年3月11日(土) 14:00
会場:東京文化会館 小ホール
https://www.japanarts.co.jp/concert/p2007/


◆漆原啓子のアーティストページはこちらから
https://www.japanarts.co.jp/artist/keikourushihara/

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