2022/6/7
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【MUSIC LAND】舘野泉 スペシャルインタビュー
素晴らしい作品ばかりで、ピアノは本当に楽しい
◆訊き手/上田弘子(音楽ジャーナリスト)
『ミュージックランド/第2部Debut(デビュー)』に特別出演の舘野泉。この企画の出演ピアニストたちにとっては大先輩でありレジェンド。そういう舘野のデビュー当時のことや、今回の公演への思いなどを訊いた。
――東京藝術大学では安川加壽子先生(1922~96)のクラス。安川先生は幼少期からフランスに暮らし、半分はヨーロッパ人のような感性。どのようなレッスンでしたか?
「はじめこそ普通のレッスンでしたが、僕が弾きたい曲を持って行くようになって、それを見て頂くようになりました。僕は一浪で藝大に入ったのですが、浪人中にたまたま見つけたセヴラックの曲に惹かれて楽譜を取り寄せて、それを持って行ったら安川先生が驚かれてね。『あなたセヴラックを知っているの?』と。今でもまだまだ認知度は低いけれど、あの当時セヴラックを知っている人は、ほとんどいませんでしたから。そういう生徒だったから、好きな曲でレッスンを受けていました。安川先生は、細かいことはおっしゃらない。でも、演奏家としてのオーラが凄かったから、先生に聴いて頂くだけで学ぶものがありました。よくよく考えると、先生と僕(1936年生)とは14歳しか違わない。驚いちゃうなぁ(笑)。当時、先生は本当に綺麗でしたよ。うっとりするくらい」
――そしてデビュー・リサイタル。著書にも載っている写真は、デビュー・リサイタルの終演後、楽屋での風景ですね。安川先生と、レオニード・コハンスキ(1893~1980)も。
「『あなたは男の先生にもついた方がいい』と安川先生に言われて、藝大とは別にコハンスキ先生にも習っていました」
――デビュー・リサイタルは1960年、第一生命ホールで。曲は先生方と決めたんですか?
「いやいや、僕ひとりで。最初にエネスコのピアノ・ソナタ第3番、そしてシューマンの幻想曲。休憩のあとラフマニノフの前奏曲集作品23から4曲(第6、5、4、2番)、最後がプロコフィエフのピアノ・ソナタ第2番」
――そのプログラムは当時としては珍しい選曲ですね。ちなみにアンコールは何を弾かれたんですか?
「ああ、何だったかな…憶えていないな。惜しいねぇ。どなたか憶えている人いないかな(笑)。でも聴きに来て下さった皆さん喜んで下さって、安川先生もコハンスキ先生も褒めて下さいました。でも安川先生がね、『最初のリサイタルは誰でも上手くいくの。第2回が大事よ。そこからがスタートよ』とおっしゃって、翌年、第2回を演りました。内容はがらりと変えて、全て邦人作品。三善晃のピアノ・ソナタ、平尾貴四男のピアノ・ソナタ、宅孝二のソナチネ、最後が中田喜直のピアノ・ソナタ。そんなプログラム誰も聴きに来ないよ、なんて周りから言われたけど、お客様からはとても評判が良かったんですよ」
――またまたビックリです。現在なら違和感はないですしハイカラですが、当時としては革新的なプログラムですね。
「僕はね、プログラムを立てるのが昔から好きなんですよ。それは今もそうで、今年はこの曲を勉強しようと、テーマのようなものを設けたりね」
――この『ミュージックランド』でも、魅力的な曲がたくさん登場します。J.S.バッハ/ブラームスの『シャコンヌ』は「舘野泉と言えば」と定評のある曲です。
「両手で弾かれるバッハ/ブゾーニなどの『シャコンヌ』はもちろん、左手のためのブラームス編曲版も知っていましたが、以前はそれほど価値を見出せませんでした。ところが左手のピアニストになってから、弾ける曲はブラームス編曲の『シャコンヌ』の他、そもそも作品が物凄く少ない。最初は渋々練習していて、やっぱりこの曲は練習曲に過ぎないな、つまらない曲だな、なんて思っていたら、たまたま友人の作曲家の間宮芳生がうちに来たとき『ブラームスの編曲版、これは凄い曲だよ。ブラームスがこの曲をどう歌いたいのか、物凄く感じられる。奇跡的な曲だよ』と。意見を請うわけではなくて、何とはなしに『シャコンヌ』の話になってね。そのときは話を聞いていただけだったけど、しばらくして弾いてみると、光が見えたんです。そして弾きながら呼吸が出来るようになって。あれは不思議な感覚でした。そして2004年に、初めてコンサートで弾きました。以来、700回ぐらい弾いているけれど、飽きないの、全然。そうそう、これ…」
――ブラームス編曲の『シャコンヌ』の楽譜ですね。あれ?タイトルが…。
「そうなんですよ!僕は長らくオリジナルの楽譜で弾いていて、それには“バッハのシャコンヌ”と書かれていて“ブラームス編曲”は小さな文字。その楽譜がちょっとボロボロになって買い直したら、これには“ブラームスのシャコンヌ/バッハの原曲より”というように変わっていてね。何だか嬉しくてね、ブラームスが認められたようで」
――そのブラームス版の『シャコンヌ』によって、再デビューとなりましたね。今回は『シャコンヌ』の次に、萩原麻未さんとエスカンデの『音の絵』で連弾も。この『音の絵』が興味深い。画家の名前が記されていて、まさに音の絵です。
「エスカンデはとても素晴らしい作曲家で、この曲は2011年の委嘱作品です。作曲の途中で合った絵画を見つけて、その絵から得たイメージが作曲の過程で融合されて、そうやって完成させたようです。これまで何人かのピアニストと共演しましたが、今回の萩原さんとは初めて。彼女の持つ雰囲気がこの曲と合うような気がして、また新たな『音の絵』になるかなと楽しみです」
――若い世代との共演はいかがですか?
「皆さんいろいろな発想をお持ちだから、楽しいですよ。弾きたい曲がたくさんあるし、ピアノは本当に楽しい」
ブラームス編「シャコンヌ」の楽譜と
☆舘野泉さんが出演するMUSIC LAND <第2部> Debut
<プログラム>
ラフマニノフ:ヴォカリーズ Cocomi / 金子三勇士
フォーレ:夢のあとに Cocomi / 金子三勇士
ラフマニノフ:『音の絵』から 谷昂登
ラフマニノフ:前奏曲Op. 32-5 小井土文哉
バッハ(ブラームス編曲):シャコンヌ 舘野泉
エスカンデ:『音の絵』から 第3曲「砂にうもれた犬(ゴヤ)」、
第4曲「空の青(カンディンスキー)」 舘野泉 / 萩原麻未
☆公演詳細はこちらから⇒ https://www.japanarts.co.jp/special/musicland/