2013/11/12

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ヴェンツェル・フックス(クラリネット)に聞く![ベルリン・フィル八重奏団]

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の首席クラリネット奏者としての活動はもちろん、ソリスト、室内楽奏者、そして後進の指導者としても大活躍のフックスさん。
今年8月に来日していたフックスさんに、来年1月【ベルリン・フィル八重奏団】の聴きどころ、演奏に対するご自身の思いなどを伺いました。
ヴェンツェル・フックス(クラリネット)

Q:まずは基本的なことからお伺いします。いつベルリン・フィル八重奏団のメンバーになられましたか?
ヴェンツェル・フックス(以下、WF):1993年です。ベルリン・フィルに入団したのと同じタイミングで、ベルリン・フィル八重奏団のメンバーになりました。今いるベルリン・フィル八重奏団のメンバーの中で、一番長くこのグループで演奏している、ということになりますね。一番年長だ、ということではないですよ!早くメンバーになったので、一番長く演奏しているのです。

Q:ベルリン・フィル八重奏団に新しいメンバーが加わって、一番変わったことはどのようなことですか?
WF:メンバー全員がベルリン・フィルの団員になったということですね。サシュコ・ガヴリーロフもベルリン・フィルのメンバーでない時期がありましたし、ローレンツ・ナストゥリカはミュンヘン・フィルのコンサートマスター、ファゴット奏者も以前はベルリン・ドイツ交響楽団やミュンヘン・フィルのメンバーでした。
何が難しかったかといえば、8人全員でフォトセッションの日程を決めたり、練習のスケジュールを決めたりするのがとても大変でした。皆がベルリンにいるわけではなかったですから、全員集合することが一番難しかったです。
今は全員がベルリン・フィルのメンバーで近くに住んでおり、ラッキーなことに第一ヴァイオリンに、素晴らしいコンサートマスター、日本人の樫本大進を迎えることができて、私たちは本当に幸せです。
ご存知のとおり、ベルリン・フィル八重奏団はベルリン・フィルが認める最も古いアンサンブルです。そういう意味においても“これぞベルリン・フィル”という音楽を聴いていただけると思っています。
お互いに理解しあえる、信頼できる相手である、ということも最終的にメンバーを決める大きな決め手でした。
オーケストラでもしょっちゅう顔を合わせているメンバーが、そのまま八重奏団の仲間になったのです。
まだ私たちは、このメンバーで数多くのコンサートをこなしているわけではありません。しかし、その短い経験の中でも、素晴らしい演奏を届けることができた、と感じています。
そして、来年1月の“ベルリン・フィル八重奏団日本公演”は新しいメンバーでの、初めての大きな演奏(海外)旅行です。メンバー全員が楽しみにしています。

Q:フックスさんはベルリン・フィル八重奏団以外のアンサンブルにもご出演なさっていますが、他のアンサンブルと違う、ベルリン・フィル八重奏団の特徴はどのようなところだとお考えですか?
WF:八重奏団というものグループは、いろいろなバリエーションで演奏ができる、ほとんど完璧といっていいほどの編成ですよね。八重奏団という形をとりながらも、ほとんど“チェンバーオーケストラのようなもの”だと思います。たとえば、弦楽器による室内楽でも、管楽器のアンサンブルでも、それらの組合せでも何であろうと演奏することができるというのが、第一の特徴です。
クラリネット奏者としては、ベルリン・フィル八重奏団のメンバーとしてブラームスやモーツァルトの作品を演奏している時に、とってもいいメロディー、聴かせどころがあるのが嬉しいです(笑)。
それから、先ほどの話と少し重なりますが、全員がベルリン・フィルのメンバーですから、オーケストラの音色をもう少し小さい編成で、音楽や音色を忠実に再現することが出来るのが、特徴だと思っています。
私たちはオーケストラで演奏していますから、その音色が自分たちに染みついています。ですから私たちが八重奏で演奏する時にも、オーケストラで演奏する時に行うことを本能的にしていると思います。例えば、エスプレッシーヴォ(表情豊かに・・・)に弾きたいと思った時、私たちは普段オーケストラで弾いている時と同じように、エスプレッシーヴォに演奏します。ベルリン・フィル八重奏団は、言ってみれば“ミニ・ベルリン・フィル”“ベルリン・フィルの小さいバージョン”だと私は感じています。

Q:ベルリン・フィル八重奏団は、≪シューベルト:八重奏曲≫を演奏するため、当時のベルリン・フィルのメンバーが集まった、というのがアンサンブル創立の動機であったと聞いたことがありますが、本当でしょうか?
WF:シュトレーレ(註:カラヤン時代から42年にわたってベルリン・フィルで活躍した、ソロ・ヴィオラ奏者のヴィンフリート・シュトレーレ氏のこと)に聞けば判るかもしれませんが・・・。私は結成された80年前の時代に生きていなかったので!でも、きっとそうなんだと思います。
シューベルトの八重奏団を演奏していると、シューベルトの生きていた時代、仲間たちが集まってきて演奏する様子が想像できます。この作品はとても繊細で内面的な何かを持っています。これほどの素晴らしい音楽だから、やっぱりこの音楽を演奏するために「きちんとしたアンサンブルを作ろう」と思ったという気持ちは理解できますね。≪シューベルト:八重奏曲≫がオーケストラメンバーの気持ちを動かしてアンサンブルが結成された、というのは容易に想像できます。

Q:≪モーツァルト:クラリネット五重奏曲≫はもう数え切れないくらい演奏されていると思いますが、フックスさんが感じていらっしゃるこの作品の魅力・難しさなど、教えていただけますでしょうか?
WF:≪モーツァルトのクラリネット五重奏曲≫の魅力は、天才的な音楽、何回聴いても聞き飽きることがない天性の音楽性が備わっているところだと思います。この作品を数えきれないくらい演奏していますが、ルーティンワークにしたくないと思っています。もちろん全て暗譜をし、すぐにでも演奏することができる作品ですが、そこからまだ新しいものを見出せる、表現したいと思えるほどの魅力があります。そして自分で何かを作り出したいと思わせてくれる音楽です。
それは例えば、変化をつけることによって、その曲をより良いものにしようとする、というものでは決してありません。この曲を面白くするためにあえてここを変えてみよう、と思う人がいるかもしれませんが、それは間違っていると思います。
モーツァルトの作品は、一つでも音を変えてしまったら、それはもうモーツァルトではなくなります。パッと思いつきで書いたような、思い込みの中から出てきたような作品ですが完璧です。作為的なことがない、天性でできたようなものであるからこそ、私は魅力を感じるのです。
もうひとつ、日本では特に≪モーツァルトのクラリネット五重奏曲≫は本当に人気があります。私がこの曲が好きな理由はお客様に喜んでもらえるから!この作品は、背もたれにもたれるようにリラックスして楽しむことができますよね。
モーツァルトの作品は、技術的にはそれほどに難しいことは要求されません。しかしモーツァルトの作品は、音楽的でない演奏をしてしまった場合は、それが必ずマイナスのものとなってしまうのです。すべて素直に、正直に演奏されなければならない、それから技術的にも安定した基礎を持った人でないと、美しく吹くことはできないでしょう。後は、隠し味のようにはちみつや砂糖や胡椒を、パッパッパッと(笑)・・・。
最近、若い才能ある学生たちに教える機会があるのですが、楽器も技術も素晴らしい、難しい曲もいろいろ演奏できる・・・そこで少しだけモーツァルトを弾いてください、というとなぜか純粋な音が演奏できないのです。本当にベーシックな音色を奏でることができないのです。モーツァルトは“音”そのものがメロディーにならなくてはいけない、作曲家の中には技術的に素晴らしいものを書くけれど、それがメロディーになっていないような作品も多いのが事実です。すべての“音”がメロディーになっていく・・・これがモーツァルトの魅力であり本質だと思います。私自身も、日本での演奏を楽しみにしています!ヴェンツェル・フックス(クラリネット)
Q:20世紀の偉大なソプラノ歌手、エリザーベト・シュヴァルツコップは「クラリネットのように歌いたい」と言ったそうですが、あなたがクラリネット奏者として「××のように演奏したい」と思われる楽器はありますか?
WF:私はいつも歌うようにクラリネットを演奏したい、と思っています。クラリネットと人間の声はとても似ている、と言われますよね。クラリネットという楽器は、色彩豊かな音色を出すことができます。ピアノ・ピアニッシモ、フォルテ、フォルテッシモなど強弱なども、良い歌手だと出せるような音域と音色など深みがある楽器だと思います。
私はいつも学生たちに、「クラリネットのことを忘れなさい。」と指導しています。楽器は手段に過ぎず「クラリネットを置いて、まずは歌ってみてごらん。」と言うのです。そうして自分自身で歌ってみると、自分の感情をストレートに出すことになり、続けて同じことをクラリネットで吹いてみると、変わっているんです。自分の気持ちの中で、「こういう音色を出したい。」「こういうビジョンを持っているからそういう演奏をしたい」という
ビジョンが出来ているからなのだと思います。
シューベルトの≪岩の上の羊飼い≫という作品をご存知でしょうか?ソプラノとクラリネットとピアノのための歌曲です。最初にクラリネットから音楽が始ります。同じメロディをボールの受け渡しのように展開しながら紡いでいくのですが、シューベルトがなぜフルートではなくてクラリネットを選んだのか・・・を考えてみてください。シューベルトの脆さ、はかなさを表現するにはクラリネットの繊細さが必要だったのでしょう。シューベルトの交響曲を吹いていると、歌のように感じます。そう考えてみるとクラリネットと歌とは、どこか通じるところがあると思うのです。

Q:世界のオーケストラの最高峰、ベルリン・フィルの首席クラリネット奏者としてのフックスさんに伺いたいのですが、あなたが最も緊張する、オーケストラ作品は何でしょうか?
WF:ブラームスですね。ブラームスの交響曲は日常業務のように演奏することはできません。私は自分自身のために演奏している、演奏したいと思っていると言っても過言ではないでしょう。ブラームスを演奏するときは、いつもベストをつくしたい、いつもベストでいたい、と思っています。ですからブラームスの偉大な作品を前にすると、自分自身の中でとても緊張するのです。特に技術的に難しいところがあるとか、早いパッセージがある、ということではないのです。それよりも後で自分の演奏を聴いてみて、自分自身が納得できない部分があると、非常にイヤな気持ちになってしまうのです。
カルロス・クライバーの指揮で演奏した、ブラームスの≪交響曲第4番≫は、忘れがたい最も大切で大きな経験でした。まずクライバーのオーラが凄いのです。しかもそこでブラームスを演奏する!彼から伝わってくるオーラが大きいので、こちらからも何か応えなければならない・・・そこで十二分のものを醸し出しているのです。演奏してしまうのです。あれは私の生涯の中で、二度とない貴重な経験でした。

Q:最後の質問です。オーケストラには様々な楽器がありますが、クラリネットという楽器が他の楽器よりも「明らかに優位に立つ(笑)」と思うのは、どのような点でしょうか?
WF:おもしろい質問ですね!それは、当然演奏する作品にもよります。例えば、オーボエやフルートが作品によっては目立つことも多いですよね。音程も高いので耳に残ることも多いかもしれません。
クラリネットは、オーケストラの中で最も温かみのある音を奏でることができる楽器だと思っています。例えば、さまざまな音色を出すことができるので、他の楽器とも自然に融合しいいものを引き出すことが出来る。
オーケストラやアンサンブルでは、ボール遊びのように、他の楽器のソロがあって次に(そのボールを)私が受け取る。そしてそれを次の仲間に受け渡す・・・というように演奏がつながっていきます。その時、クラリネットは楽器であって、手段にすぎませんから、自分自身がそのボールを受け取らなくてはいけないのです。例えば、エマニュエル(・パユ)がソロを吹く、それを私が受け取って・・・というように、すべてが人から人へのコミュニケーションなのです。ソロを吹いたら「はい、どうぞ!」という感じで渡していくのです。そこから始ったというものではなく、最初の音楽を吸引するように、フルートから、クラリネット、オーボエと・・そういった風につながっていくのです。この楽器からこの楽器に移行する部分は、一瞬なのですが、ふたつの楽器がひとつに聴こえる瞬間があります。一緒に聴こえてそこから自然に分かれていく・・・というふうに。
ベルリン・フィルや、ベルリン・フィル八重奏団では、その共同作業というか移行作業がスムーズに流れて行くように全員が心がけています。
プリマドンナ、という存在がありますね。「私を見なさい!私だけを聞きなさい!」という・・・それはエゴです。ベルリン・フィルや八重奏団のメンバーも、もちろん皆エゴを持っていますよ(笑)しかし、音楽においては決してそうではない。自分たちがステージに立った時、そこに「チーム」が生まれ、音楽が始まるのです。

2013年8月

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選ばれし8人、世界最強のソリスト集団!
ベルリン・フィル八重奏団

2014年1月27日(月) 19時開演 東京オペラシティ コンサートホール
[曲目]
R.シュトラウス(ハーゼンエール編):もう一人のティル・オイレンシュピーゲル
モーツァルト:ホルン五重奏曲 変ホ長調 K.407 (ホルン:シュテファン・ドール)
シューベルト:八重奏曲 ヘ長調 D.803
公演の詳細情報はこちらから

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