2026/1/28

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レイ・チェン 2つの「四季」~日本への想いによせて~

「日本は私にとっての感情的・芸術的な故郷となりました。」
2月に来日するレイ・チェンより、熱いメッセージが到着!
本人書き下ろしのプログラムノートを特別に先行公開します。

 
 初めて日本を訪れたのは、8歳の時でした。

 1998年、長野冬季オリンピックの開会式記念コンサートでの演奏に招かれたのです。それは遠い記憶でありながら、今もなお、鮮やかに蘇るような体験でした。私にとっては世界的なイベントのためにオーストラリアを離れた初めての機会であり、さらに忘れられないのが、初めて雪を見たことでした。

 その時までの私にとって、冬は写真や想像、物語の中だけに存在していました。アニメの中では、雪は詩的で、なにやら象徴的かつ少々非現実的に描かれていたことが多かった気がします。長野の地に立ってみて、手に染み入るような寒さを感じながら新雪に覆われて柔らかく静まりかえる雪景色を見て、冬が突然、具体的なものとなりました――触れることのできる、現実に。当時はまだ気付いてはいませんでしたが、その瞬間こそが、大袈裟ではなく――音楽こそが私の人生だと静かに決意した瞬間でした。

 その旅で、母と私は松本でホスト・ファミリーの家に滞在しましたが、そこは稲作農家で、彼らの友人たちの多くも、さまざまな果物や野菜を栽培していました。そこでの経験は、今でいえば“農家直送”と言われるものでしょうが、当時は当たり前の日常だったのです。完全にオーガニックで商業化されてもおらず、大地と深く結びついていました。そして彼らの生き方がまさに季節そのものに形作られていることを学んだのです。冬は休息と遊びの時間でしたが、次なる周期がもたらすものを見据えて備える時期でもありました。

 アメリカで季節を経験するようになるよりずっと以前に、日本はすでに私に‶季節と共に生きる〟ことの意味を教えてくれていたのです。

 オーストラリアで育った自分が経験した季節は、もう少しシンプルな感覚でした。猛烈な暑さや突然の雹の嵐に遮られる夏に続き、あまり冬とは思えないような涼しい時期が続きます。その自然は、異なる形で力強くて広大で明るく、世界で最も危険で毒性の強い生き物が生息しており、それをオーストラリア人は誇りとユーモアを交えて語ったりします。けれども、一年を通しての季節の移り変わりは、明確な章立てのようには訪れません。変化は緩やかで、ほとんど連続しており、子どもの頃はそれが当たり前だと思っていました。

 日本で初めて、私は季節が明確な感情の状態と結びついているのを体験したのです。人々が遠くまで足を運んで季節ごとの瞬間を目撃し、桜の木の下を歩き、秋の紅葉を求めて旅をして、初雪に足を止めるということを知りました。季節はまた、単に観察するだけのものではなく、認識され、尊重されて共有されるものでした。春は期待感を運んできて、夏は激しさと解放感を、秋は内省を促し、冬は静寂を求めます。この移ろいには、単なる天候の変化だけではなく、時間をどのように感じるかということも反映されていました。

 そういった経験の後、私は度々、日本に戻りたいと思うようになりました。演奏するためだけでなく、あのような生き方と再び繋がりを持ちたかったのです。いろいろな意味で、日本は私にとっての感情的・芸術的な故郷となりました。幼い頃から無数のアニメを見て育ち、想像力豊かで深い人間味のあふれる物語を通して、勇気、忍耐、優しさなどの価値観を吸収しました。後に、異世界転生というアニメのジャンルに特に惹かれるようになったのですが、私が共感したのは現実逃避の幻想ではなく、そこに内省が求められる点でした。馴染み深いものがすべて剥ぎ取られた時、何が残るのだろう?どういった技術や価値観、そして繋がりが真に自分のものであると言えるのでしょうか。おそらく、それが旅や演奏、成長における過程で学んだことを、ある場所から次へと携えていく自分自身の経験と重なって、心に響いたのではないかと思います。

 時がたつにつれ、日本で演奏することが、私の音楽との関わり方を深く形成するようになりました。私は日本で、異なる聴き方を学び、静寂と集中、そして抑制を大切に思うようになりました。ホールには時折、針が落ちる音さえ聴こえてしまいそうなほど完璧な静寂の瞬間が訪れます。その瞬間、コンサートは瞑想的なものになり、私たち自身よりも大きな何かを共に感じる経験をします。

 幼い頃から、私は常にヴィヴァルディの協奏曲集『四季』のなかでも「夏」に特別な親しみを感じてきました。それがもっとも技巧的で劇的な協奏曲だからではなく、自分にとって馴染み深いものだったからです。私は暖かさのなかで育ち、本能的に暑さを理解できました。他の季節を理解するには、多くを求められました。演奏するのにより強く想像力を働かせ、見たことのない収穫の季節や、感じたことのない冬を心に描く必要があったのです。

 当時、私は日本に来る前からすでに『四季』を弾いていました。曲を習い始めたのは7歳の頃からで、収穫の季節がどのような感覚なのか、真冬の景色が実際にはどう見えるのかなどをほんとうに理解しようと苦慮したことを覚えています。日本への旅は絶妙なタイミングでやってきました。雪を体験し、季節の移ろいを感じ、人々が自然と共生する姿を実際に目にしたことで、それまで抽象的でしかなかったイメージに形と質感が与えられました。

 この慣れ親しんだものと、そうではないものとの対比という概念が私のなかに残り続け、今日の協奏曲集『四季』の聴き方を形作っています。

 ヴィヴァルディはそれぞれの季節を独自の世界として鮮明に定義し、豊かなイメージとして提示します。春は勢いよく開花し、夏は熱に浮かされ、秋は踊り、冬は静寂へと退く。その一方、ピアソラの『ブエノスアイレスの四季』は、より連続的であると感じます。季節は存在しますが、同じ都市の異なる陰影として、移ろう光を通して見る同じ感情の声として
現れます。変化は少なく、連続性が勝っています。

 私は常に、日本での古きものと新しきものが隣り合って存在していることや、他国から来たものを丁寧に、精密に、そして敬意をもって再構築しながら、深い伝統文化のなかで革新や現代的な思想が自然と生まれる余地を残すやり方を好んできました。そういった意味で、ヴィヴァルディとピアソラを並べたプログラムは、私にとっては自然なことに思えます。このコンサートは、ふたりの作曲家とふたつの音楽言語のみならず、過去を尊重しながら前進を続ける、伝統と再発明という考えを反映しています。

 毎年日本を訪れていますが、ここでのコンサートは毎回、ある意味で帰郷のようであると感じます。ここで私は初めて四季、人々、文化、食、そして何よりも音楽を分かち合うという行為に恋をしました。今夜、皆さまにはこれらの季節を聴いていただくだけでなく、そこに織り込まれた経験や記憶、静かなる賛辞を感じていただければ幸いです。

 この旅路をご一緒してくださることに、感謝を申し上げます。

レイ・チェン(訳:江口理恵) 

 


◆レイ・チェン アーティストページはこちらから
https://www.japanarts.co.jp/artist/raychen/

 

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