2025/10/1
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チェコ・フィル 記念すべき第130回目のシーズンがプラハで開幕!
―首席指揮者・音楽監督セミヨン・ビシュコフとの熱演に聴衆が熱狂ー
近年立て続けにグラモフォン誌「オーケストラ・オブ・ザ・イヤー」、BBCミュージック・マガジン賞を受賞し、首席指揮者セミヨン・ビシュコフとの黄金時代に世界中から注目が集まるチェコ・フィル。10月の日本ツアーに先駆け、9月25日、26日にチェコの首都プラハで創立130周年となる2025/2026シーズンの開幕コンサートを行いました。日本ツアーでも演奏するラヴェル:ピアノ協奏曲(ピアノ:チョ・ソンジン)、チャイコフスキーの交響曲第5番の熱演のレポートをお届けします!
取材・執筆:新野見卓也
1896年1月4日。この晩、ヴルタヴァ川を臨む殿堂ルドルフィヌムで、チェコ音楽史の新たなページが開かれた。前年にアメリカより帰国した巨匠、あのドヴォルザークが自作《スラヴ狂詩曲》の1音目にむかってタクトを振り下ろす。チェコ・フィルハーモニー管弦楽団が産声を上げた瞬間だ。以来この中欧随一のオーケストラは、国内のみならず、つねに世界の音楽界の注目を集めてきた。そしてまもなくその誕生から130年を迎えようとしている。
そんな節目となるチェコ・フィルの2025/26シーズンの幕開けには、今年生誕150年を数えるラヴェルのピアノ協奏曲ト長調が選ばれた。指揮台にはもちろん、2018年から音楽監督を務めるセミヨン・ビシュコフ。そしてソリストにはいまや引く手あまたの俊英チョ・ソンジン。ラヴェルの全ピアノ曲を録音し、世界中で演奏しているとなれば、彼以上の適任者はいないだろう。
このラヴェル晩年の傑作には協奏曲らしい華麗な技巧はもちろん、ジャズやスペイン音楽といった作曲家の嗜好がふんだんに組み込まれている。チョはそれらをアクセントやゆらぎで表現しつつ、全体の流れのなかに落とし込んでゆく。そのバランス感覚がチョの持ち味だろう。
第2楽章では、チョは弱音のわずかな変化で作品の色彩の妙をとらえる。そしてときおり管楽器を見やりつつ、室内楽的な親密さで音楽をつくりあげた。ここではビシュコフも指揮棒を置き、やわらかな手の動きだけでオーケストラを導く。
チョは多面的なラヴェルの作品を、きわめてスマートにまとめあげた。ショパン・コンクールの優勝から10年、「ショパン弾き」に留まらないピアニストとして、着実に成熟へと歩を進めているようだ。
そしてもちろんアンコールも。曲目は念のため伏せておこう。ただ、作品の魅力がそのままスッと伝わるような、そしてそれゆえにかえってこのピアニストのラヴェルへの愛が感じられる演奏だったと、ここには記しておきたい。
さて、後半はチャイコフスキーの交響曲第5番。交響曲の名作といえば五指に入るであろう、名曲中の名曲だ。ただ、誰が振ってもどこが弾いても名演が約束されたこの作品、逆に言えば飛び抜けた名演にはなかなか出会えない。一見シーズン開幕にふさわしい選曲だが、予定調和に終わってしまうのではないか? じつは筆者にはすこしだけ、そのような不安があった。
ただそんな心配も杞憂であったことはすぐに明らかとなる。ビシュコフの空気を動かすようなあの両腕のなめらかな動きが、音楽に息を吹き込んでいく。ひとつひとつの音型やフレーズがふくらみ、チャイコフスキーの旋律がたたえる感情が現れ出る。
そんなビシュコフの美点が最大限活きたのが、第2楽章だったように思う。冒頭、中低弦による序奏からすでに、匂い立つかのようなサウンドが立ち昇る。和音を連ねているだけなのに情感に満ちている。その響きの濃密さに、筆者はふと、この夏にビシュコフがバイロイト音楽祭で指揮した《トリスタン》の演奏を思い出したほどだ。あの連綿と続く、あこがれの世界。
その雰囲気を引き受けて登場する、甘美なホルン・ソロ。寄せては返す旋律が築き上げる、クライマックスでの弦楽器の大ユニゾン。そしてそれを断ち切る「運命の動機」。ここに詰め込まれたチャイコフスキーの抒情もドラマも、ビシュコフの棒によってその魅力が存分に発揮された。
この第2楽章にとくに顕著だが、ビシュコフのテンポは現代の標準からすると遅い。それでもその音楽が足踏みしてしまわないのは、旋律がつねに動いているからだ。大仰に聞こえないのは、あくまで作品に刻まれた感情を掘り起こしているからだ。この大河のようなうねりをつくり出すことのできる手腕に、あらためて感心させられた。
続く第3楽章のワルツは、このドラマチックな作品にあって、いわば小休止のように扱われることが多い。だが、美しい旋律のあるところ、その美しさを最大限に引き出さずにはおかないのがビシュコフの美学。バレエ音楽を思わせるような優美さが聴衆の耳を喜ばせる。
そして第4楽章。第1楽章では重々しく、第2楽章では悲劇的に、第3楽章では思い起こすかのように繰り返し現れたあの主題が、ついに輝かしく回帰する。まさにベートーヴェンの《運命》を思わせる「苦悩を突き抜けて喚起へ」という物語。チャイコフスキーの感情の遍歴は、ルドルフィヌムを満たす響きで大団円を迎えた。
万雷の拍手のなか、ビシュコフは自らが受け取った花束を素晴らしいソロを聴かせてくれたホルン奏者に渡し、最前列の弦楽器奏者ひとりひとりと言葉を交わす。その光景はこの7年間に築かれた両者の親密さを物語っていよう。そしてもちろん、その最大の証しは、演奏そのものにほかならない。ドヴォルザークから続く130年の伝統、その現在形であるビシュコフ・サウンドは、この楽団の歴史に刻まれ、長く記憶されることだろう。
◆チョ・ソンジンのアーティストページはこちら
⇒https://www.japanarts.co.jp/artist/seongjincho/
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◆チェコ・フィルハーモニー管弦楽団のアーティストページはこちら
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