2025/7/25

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【ロング・インタビュー】河村尚子 ~9月25日のリサイタルに向けて~

2025年9月25日 河村尚子 ピアノ・リサイタル 
“別れから生まれた音楽の宝石”に寄せて

すでに猛暑の6月末、バーミンガム市交響楽団のソリストとして来日中の(本拠地はドイツ)河村尚子さんに、9月のリサイタルについて詳しく伺いました。

聞き手:音楽作家ひのまどか

Hisako_Kawamura

(c)Marco Borggreve


─ リサイタルのテーマは「別れ」、それも死別を体験した作曲家がその思いを託した作品で構成されています。元気いっぱいで明るい印象の河村さんが、なぜこのような深刻なテーマを選ばれたのですか?
 「別れ」は誰にでも起こることですが、近年私にも一緒に仕事をしてきた方や応援してくださった方などとの辛い別れが5〜6回続いて、ポコッと心に穴が空いたような消失感に戸惑い、これから音楽とどう携わって行けば良いのかを考えるようになりました。指揮者の山田和樹さんも同じような体験をされていて「要するに我々も歳を取ったということ」と慰め合いましたが(お二人共まだ40代半ば)改めて、大切な人と別れた作曲家たちがその感情を“音楽の宝石”として残してくれたことに感謝し、それを皆様にお届けしたいと思ったわけです。と言っても決して悲観的な気持ちではなく、音楽を通して皆様と共感し合える場を作れたら良いなあ、という感じです。死別は稀な体験やこれまでに余り経験したことのないことで、普段そのことについて余り話し合うこともなかったので、音楽で語り合えたら、と思いました。

─ リサイタルのプログラムについて、ご紹介くださいますか?
 前半の2曲は私にとって初挑戦で、コンサートで初めて弾きます。
 モーツァルトの《ピアノ・ソナタ第8番》は、実はずっと避けてきた曲です。私は明るい性格なのでモーツァルトも明るい作品が好きなのですが、この曲にはモーツァルトの知られていない一面、どう表現したら良いのか迷いますが、激しく悲劇的な感情が込められた深い音楽で、楽譜の書き方にもそれが現れています。左手は極めてドラマチックでありながら、同時に軽やかさもあり、、、。
 正確な作曲の時期は分かっていませんが、母親と二人で職探しの旅に出て、その母親はパリで病に伏して結局亡くなり、モーツァルトは一人で埋葬しました。そのいずれかの時期に書かれたと思われます。これからどんどん練っていって、私なりの《第8番》をお聴かせしたいと思いますので、どうぞお楽しみに。
 ラヴェルの《クープランの墓》は、今年がラヴェル・イヤー(生誕150周年)でもあるので、選びました。ラヴェルは第一次世界大戦で軍用トラックの運転手をしていましたが、この曲集は戦場で亡くなった友人たちや、世話になった知人に捧げています。全6曲で、1曲ずつ性格が違います。私が思うに、これらの作品は「死別」の悲しさというよりも、大切な友人たちへの愛が込められています。1曲ずつ曲を捧げた相手の名前が記されていますが、それがどんな人なのか、ラヴェルは聴く人の想像に任せているように感じます。しかし、難しい曲です。特に〈フーガ〉や〈トッカータ〉は。これから勉強、勉強、勉強です!
 後半のラフマニノフの《エレジー》は、「別れ」というテーマとは関係なく、つなぎの1曲、という感じで入れました。19歳の作で彼はチャイコフスキーをすごく敬愛していて、曲の作りもチャイコフスキーに似ています。これを書いた翌年チャイコフスキーは亡くなるので、その予感があったのかなあ、などと想像しています。
 ムソルグスキーの《展覧会の絵》は、日本では10年ほど前に弾いて以来でしょうか。恩師のクライネフが良く弾いておられました。彼に直接習ってはいませんが、究極の「ロシア音楽」だと思っています。これも、画家で建築家の親友ガルトマンの遺作展を見た印象を音楽にしたもので、親友を失ったムソルグスキーの心情は〈プロムナード〉や〈カタコンブ〉に現れているでしょうか。私も人生経験を積むに従って、作曲者の気持ちに近づけるような気がしています。

─ ドイツを拠点に世界各国で大活躍の河村尚子さん、今後の活動についても伺いました。

 今年は沢山室内楽を行っています。色々な人と組んでデュオ、トリオ、ピアノ四重奏など。作曲家もラフマニノフ、スメタナ、フォーレ、ブラームス、ラヴェルなどを演奏しています。9月にはメルニコフとドイツで、ストラヴィンスキーの《火の鳥》の2台ピアノ版を演奏します。室内楽で相手の音を聴き、自分の役割を知り、アナリーゼ力を高めることは非常に重要です。
 また、娘(11歳)がバレエを習っているのですが、娘を通してバレエ音楽の世界が格段に広がりました。教える方はエッセンの芸術大学で行っていますが、生徒や教授たちとの交流を通して音楽を違う視点で見る事ができます。ピアニストはいつも一人で弾いているので、人との交流は本当に大事ですね。

─ 「今年は夏休みもありません」とおっしゃる河村さん、充実の日々の中で「別れ」の辛さも演奏に昇華されていくことだろう。

Hisako_Kawamura

(c)Marco Borggreve


河村尚子 ピアノ・リサイタル 2025
《公演情報》

河村尚子 ピアノ・リサイタル

2025年9月25日(木)19:00 東京オペラシティ コンサートホール

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