2025/7/16

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クリスチャン・ツィメルマン オランダ・アムステルダム公演レポート(6/22)

今秋、2年ぶりのリサイタル・ツアーが予定されているクリスチャン・ツィメルマン。アムステルダムのコンセルトヘボウで行われた公演レポートが届きました。音楽の奥底にある静けさと情熱を丹念に掘り起こす演奏は、聴衆を深い感動へと誘いました。日本公演は11月8日柏崎公演からスタートです。

ホール全体を包む柔らかな音
6月22日の晩、オランダ・アムステルダムのコンセルトヘボウの『グレート・ピアニスト』シリーズに、一昨年に続いてクリスチャン・ツィメルマンが登場した。プログラムに並んだのはショパンとブラームス、ドビュッシー、そしてシマノフスキ。大ホールは完全な満席で、いつにも増して熱気に満ちていた。

ツィメルマンが長階段に姿を現すなり、その登場を待ちわびた聴衆が熱っぽい拍手で出迎えた。優雅な身のこなしで舞台に到達したツィメルマン。彼が鍵盤に指を走らせると、夏至を過ぎたばかりのどこか浮ついた夕べが、一瞬にしてショパンの色に染まり、現世を忘れさせる美が立ちあらわれた。

最初の曲は、よく知られた名作である夜想曲第5番 Op.15。甘美な旋律が流れると、どこまでも柔らかな音がホール全体に広がり、聴く人を包み込んだ。つづく夜想曲第16番 Op.55-2は即興性を帯び、滔々と語られる追憶のようななつかしさも漂った。同第18番 Op.62-2では、磨き抜かれたテクニックによって、複雑な作品が細やかに編み上げられる様に聴き入る、至福のひとときが訪れた。

一度退場し、再び舞台に現れたツィメルマンはピアノ椅子に飛びつき、はじかれるように演奏を始めた。ブラームスのピアノソナタ第2番の冒頭で、劇的なエネルギーがほとばしり、心を掴まれた。透明で輝かしいクリスタルのような高音の響きから、重たく地を揺るがす低音までが、一台のグランドピアノから紡ぎ出されていく。天上から地の底までめぐるほどの、驚くべき表現の幅とスケールの大きさだと感じた。

社会へひらかれた眼
休憩のあとには、20世紀初頭にドビュッシーとシマノフスキが書いた2つの作品が演奏された。ドビュッシー『版画』では、鮮やかなタッチで光と影が自在に描かれるかのよう。『版画』をなす3曲はそれぞれ長くはないが、ツィメルマンはたっぷりと、最後の一音まで愛おしそうに響かせ、味わわせてくれた。映像を喚起させる力に溢れ、第3曲「雨の庭」の鮮烈な終わりはとりわけ印象的だった。

ドビュッシーの後、ツィメルマンは観客にむかって「きょうは素晴らしい陽気の一日でしたね。このような夕べにホールに集まってくださった皆様に感謝いたします」と親しみをこめて語りかけた。そして、ちょうど開催される直前だったオランダ・ハーグでのNATO首脳会議について言及した。世界が防衛予算拡大に舵を切ろうとすることに対して「このことは私たちの問題を解決しません」と訴え、「唯一の正解は愛なのです」と言い切った。

それから演奏された最後の曲は、現ウクライナ領に生まれた作曲家シマノフスキが20代前半で書き上げた『ポーランド民謡の主題による変奏曲』。10の変奏を通して、音楽は悲痛にも天国的にも表情を変えていく。終盤に向かって密度を増していく音楽とホール空間を満たす響きには、息を呑む迫力があった。作品の根底には、人間存在を肯定する愛というものの強さが表現されているかのようだった。

1975年にショパン国際コンクールで入賞して以来、半世紀にわたって輝かしいキャリアを重ねてきた円熟のピアノの大家であるツィメルマン。磨き抜かれたテクニックはもちろん、経験を重ねて積み上げられてきた思考の深さ、そして広さが演奏から感じとれる。
オランダの主要な現地紙『NRC』では5点中最高点のレビューが掲載され、『これ以上のビロードのようなショパンの音は想像しにくい』などと絶賛された。

ツィメルマンと同じポーランド人のショパンに始まり、シマノフスキに終わるプログラム。内実はこの上なく豊かで深く、国を超えて世界に通じる普遍性のあるメッセージをはらんでいた。ツィメルマンの演奏を聴くことは、永遠の命を持ちうるクラシック音楽を通じて、今の時代に向き合うことに他ならないだろう。

安田真子(在オランダ音楽ジャーナリスト)
写真提供:執筆者


【公演情報】
クリスチャン・ツィメルマン ピアノ・リサイタル
2025年11月26日(水) 19:00 ミューザ川崎シンフォニーホール
2025年12月3日(水) 19:00 サントリーホール
2025年12月8日(月) 19:00 サントリーホール
2025年12月18日(木) 19:00 東京オペラシティ コンサートホール
https://www.japanarts.co.jp/concert/p2171/

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