2025/4/30

  • Facebookでシェア
  • Twitterでツイート
  • noteで書く

【ロング・インタビュー】準・メルクル(指揮者)/台湾フィルハーモニック

 日本でもお馴染みの世界的指揮者、準・メルクルが、2025年6月(熊本公演は5月31日)、台湾のトップ・オーケストラ、台湾フィルハーモニックを率いて来日する。芸術顧問(2021年)を経て、2022年から音楽監督を務める同楽団および今回の日本ツアーについて話を聞いた。

取材・文:柴田克彦(音楽ライター)

準・メルクル

 
まずは音楽監督就任の経緯とその役割から。
「6年前に初めて客演した後に、音楽監督を探していた楽団からオファーを受け、私が当時同ポストを務めていたマレーシア・フィルの任期終了後にお引き受けしました。引き受けた理由は、台湾の人々の温かさや、楽団の質とポテンシャルの高さに惹かれたからです。任期は5年、年間3~4ヶ月は滞在して約12プログラムを指揮しています。音楽監督なので演奏曲目全般のプランニングにも関わっていますが、今はこのポストを引き受けて良かったと思っています」
 同楽団は1986年に設立され、短期間に急上昇を果たした、アジア屈指の実力派だ。
「2026年に創立40周年を迎えるまだまだ若いオーケストラ。メンバーの大半が台湾人奏者で、外国人は8人です。特徴は温かみがあって情熱的なところ。気質もサウンドもそうです。そしてとても柔軟性があり、指揮者の要求と一体になって、スタイルや伝統を築きつつあります。とにかく全セクションに才能豊かな奏者が揃っていますし、私も数年かけて育てていく意義のある楽団だと感じています」
 機能的にもかなりのレベルに達してきたが、目標はそれだけではないという。
「アジアの中でみれば、歴史と実力のある日本のオーケストラ以外で最も素晴らしいのが香港フィル。台湾フィルはその次に位置するほど質が高いと思っています。私は台湾フィルをアジアのトップ楽団に育てるというビジョンを持っていますが、近年凄いスピードで発展し続けています。ただ、私が考える質の高いオーケストラというのは、演奏技術や音楽表現が優れているだけでなく、自国やその文化との繋がりを反映し、それを感じてもらえるような楽団。台湾フィルもそんなオーケストラを目指しています」

 今回の日本ツアーの主たるコンセプトもまさしく“繋がり”にある。
「ツアーではいつも台湾らしさを大切にしているのですが、特に日本ツアーの場合には、日本と台湾の繋がりやお互いのコラボレーションを重視しています」
 その1つは「まさにそれがステージ上で展開される」プログラムだ。
「メインはマーラーの交響曲第4番。ここでは、ソプラノ独唱を日本人の森麻季さんと宮地江奈さんが務めます。二人ともすでに台湾フィルと共演して芸術的な関係性を築いていますので、皆様にもそれを感じて頂けると思います。前半のブルッフの二重協奏曲では、台湾のヴァイオリニスト、ポール・ホワンと、日本のヴィオラ奏者、今井信子さんがソリストを務め、親交の深い二人の芸術性の高いコラボレーションと、楽団との繋がりの深さが示されます」
 マーラーの交響曲第4番の選曲には、音楽的な意味も欠かせない。
「我々は今、数年かけてマーラー・サイクルを行っていますし、台湾フィルは同作曲家をこよなく愛していますので、ぜひ私たちのマーラーをお届けしたいと思いました。そして今回の交響曲第4番は、カラフルな色彩感が楽団にとてもマッチしているので選びました」

 もう1つ、「日本と台湾の絆を表す要素をさらに深めたプログラム」(6/2、サントリーホールでの公演)もあり、これは「特別な意味を持つ演奏会」だと語る。
「このプログラムには背後に大切な人物がいます。それは第4代中華民国総統の李登輝氏。彼は台湾の民主化を成し遂げた上に、日本で教育を受け、日本語も堪能で、日本の道徳や伝統を重んじておられました。そして2020年に亡くなられた彼の意志を継ぐ財団である“許遠東(元中央銀行総裁)と夫人の紀念文教基金会”の委嘱で作曲されたのが、最後に演奏するゴードン・チンの交響曲第5番です。この曲は台湾の歴史上の苦難を描いた作品で、今回は第3、4楽章を日本初演します。また、台湾にいる多様な民族の中でも人数が多いのは客家(はっか)と呼ばれる漢民族。本プログラムで演奏(世界初演)するもう1つの台湾作品、コーチァ・チェンの『故郷の呼び声』は、文化的な助成を行っている“客家委員会”の委嘱で書かれました。チェンさんは今アメリカのカーティス音楽院で教えていますが、台湾の客家の出身で、この曲は合唱を交えて客家文化の様々な要素を描いた音楽です。客家の中では人々の繋がりや家族の絆がとても大切にされていますので、本作でも家族の愛情を感じながら故郷に戻っていくといった気持ちが歌われます」

 当プログラムの前半等では、ベートーヴェンの名作、ヴァイオリン協奏曲も披露される。
「この曲は李登輝氏が最も愛したクラシック音楽の1つで、先にお話しした許遠東氏が結婚した際に同曲のレコードをお祝いに送ったというエピソードもあります。今回はその思いを汲み取る意味で選びました」
 この曲ではソリスト、ポール・ホワンの独奏も楽しみだ。
「彼は台湾の若いヴァイオリン奏者で、とても素晴らしい演奏家です。しかも台湾フィルと親密な関係にあり、自身の名を冠した音楽祭で団員と海外の演奏家の室内楽の企画を行ったりもしています。今はニューヨークを拠点に世界中でキャリアを積んでいますし、特別な才能を持った奏者ですから、この曲を通して、その水準の高い演奏と我々との親交の深さをお伝えしたいと思っています」
 様々な点で意義のある、興味津々の本ツアー。台湾と日本の交流の意味でも、名匠、名ソリストと上昇中の楽団のコラボ、そしてその演奏自体を楽しむ意味でも、来る公演にぜひ足を運びたい。


《公演情報》
台湾が誇るトップ・オーケストラ 世界的指揮者 準・メルクルと共に来日!
準・メルクル指揮 台湾フィルハーモニック
https://www.japanarts.co.jp/concert/p2138/
2025年5月31日(土) 14:00 熊本県立劇場 ■★
2025年6月1日(日) 14:00 ザ・シンフォニーホール ■★
2025年6月2日(月) 19:00 サントリーホール ■☆
2025年6月4日(水) 19:00 東京オペラシティ コンサートホール ■▲◎
[出演]■ポール・ホワン(ヴァイオリン) ★森麻季(ソプラノ) ▲今井信子(ヴィオラ) ◎宮地江奈(ソプラノ) ☆台北フィルハーモニック合唱団

台湾フィルチラシ

ページ上部へ