2025/4/30

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【公演レポート】イム・ユンチャン、 カーネギーホールで《ゴルトベルク変奏曲》を弾く!

イム・ユンチャンは、7月に山田和樹指揮・バーミンガム市交響楽団との日本ツアーでラフマニノフのピアノ協奏曲第4番を演奏することで注目を集めていますが、その後に、J.S.バッハ《ゴルトベルク変奏曲》を演奏する日本で一夜限りのリサイタルを開催します。 4月25日にカーネギーホールで同作品を演奏した公演レポートをお届けします。

イム・ユンチャン

(取材&文:音楽ジャーナリスト 小林伸太郎 ニューヨーク在)

4月25日、ニューヨークのカーネギー・ホール前の街路は、イム・ユンチャンのリサイタルに入場しようとする観客でごった返していた。まもなく開場134年になるカーネギー・ホールは、エレガントであってもロビースペースがなんとも手狭で、最近は保安検査の必要もあって、開演前後はどうしても混雑してしまう。
この日は加えて、「I NEED A TICKET(チケット求む!)」などと書かれた手製のプラカードを持つ、前売りチケットを買い損ねたと思われる人々が少なくなかった。2022年のヴァン・クライバーン優勝からわずか3年、この日の観客のイムの演奏に対する期待は、既にスーパースターに対するものであった。

イム・ユンチャン

そして予定開演時間から遅れること、約10分。ステージに登場した「スーパースター」イムは、今更ながらあまりにも若く、筆者は思わず息をのんでしまった。その礼儀正しい身体は、コンサートを告知するポスターの写真よりも、さらに若く感じられる。プログラム記載の彼の略歴は「イム氏は現在、ニューイングランド音楽院でミンスー・ソン氏のもとで学んでいる」という一文で結ばれている。アーティストがいわゆる師匠的な立場の人からコーチングやアドバイスを受けることは珍しくもなんともないが、結局のところ彼は、現在もコンサーバトリーで学ぶ「学生」なのだ。

そんな若きイムは、盛大な客席の喝采に対して一礼だけして、すっとピアノの前に収まってしまった。まだ一音も奏でていないうちからのスーパースター級の熱狂に、丁寧でありながらも、いまだ居心地の悪さを感じているかのようなシンプルさだ。

イム・ユンチャン

リストとラフマニノフで史上最年少のヴァン・クライバーン優勝者となり、ニューヨークではこれまでラフマニノフ、ショパンで聴衆を魅了してきたイム。しかし今シーズンは、そんな成功によって型にはめられることに抗うかのごとく、J. S. バッハの「ゴルトベルク変奏曲」で世界をツアーしている。演奏前の彼の一礼は、鍵盤楽器レパートリーの金字塔とされるバッハ後期の円熟にその若さで取り組むことは、スターの虚栄ではなく、純粋なる音楽的欲求であると感じさせるに十分な、飾り気のないものだった。

果たしてイムは、最初のアリアから、比較的穏やかな呼吸感をたっぷりと保ちながら浮かび上がらせ、柔らかく透明に観客をその静謐な世界へと誘う。そのピュアな音色は、指先が奏でるクリアな音の粒で、ごく自然にレガートを紡いでゆく。時に極めて繊細にペダルを使って響に奥行きを加えることがあっても、それぞれのラインは基本的に、抑制の効いた指遣いによって透明に保たれる。第5変奏に到達する頃には、その精緻で時にアグレッシブですらある推進力は観客をすっかり捉えるが、フレージングは常にクリスタルのように明晰で、恣意的な作為を感じさせることはない。次から次に繰り出される多彩な色彩は、精緻に計算されたに違いないのだが、全体を支配するのは自発的に感じられる、ごく自然な呼吸だ。

早いパッセージの圧倒的にきらめく技術、特に最後の変奏のクオドリベットに至るまでの、ブルトーザーのように突進しながらも、決して失速しないその音楽に、多くの観客が息をのんだに違いない。彼の掌握をしっかり感じさせながらも、どこに行くのか予想がつかないスリルに富んだサウンドは、最後に再び繰り返されるアリアを一服の清涼剤のように静かに響かせ、観客に大きな息をつかせる。そのエキサイティングなストーリーテリングが多くの観客を捉えたことは、何度も繰り返されたカーテンコールからも明らかだった。

イム・ユンチャン

しかし筆者にとってより強くイムの共感を感じたのは、マイナーキーのパート、とりわけ第25変奏で聴かせてくれた、抑制の効いた静かな「歌」だった。哀切を湛えながらも、決して感情に流されることのないサウンドと静かな呼吸は、現在の彼のバッハへの敬意を、よりダイレクトに伝えてくれたように感じられたのだった。
しばしば年齢を重ねた成熟の文脈で語られることが多いゴルトベルク。イムの今回の演奏には、何か凄いものを聴かせてもらったという手応えとともに、これからも熟考され続けられるに違いない、明日を感じさせてくれた。そんな今の彼の「成熟」に触れられたことに感謝しながらも、これから先の展開に大きな期待を寄せずにはいられない、充実の一夜であった。

イム・ユンチャン


◆イム・ユンチャンのアーティストページはこちらから
https://www.japanarts.co.jp/artist/limyunchan/

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  • 2025年7月2日(水) 19:00 サントリーホール Suntory Hall
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