2012/10/11

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曲目解説:アブデル・ラーマン・エル=バシャ ピアノ・リサイタル

曲目解説
柿沼 唯(作曲家)

W.A.モーツァルト(1756-1791)
ピアノ・ソナタ第6番 ニ長調 K.284

 モーツァルトが初めて本格的なピアノ・ソナタを作曲したのは19歳の時、1775年のことで、この時作られた6曲のソナタは、献呈されたデュルニッツ男爵の名をとって「デュルニッツ・ソナタ」と呼ばれている。この時期モーツァルトは、それまで使っていたチェンバロやクラヴィコードに変わって、強弱の変化が豊かにつけられる最新のピアノという楽器に初めて接し、これらのソナタでその可能性を追求した。この<第6番>はそれら6曲の最後に位置する作品として、もっともスケールの大きな一曲となっている。特に変奏曲形式の終楽章はその長大さのみならず、技術的にも高度な書法で作曲されており、聴き応えがある。
 第1楽章 アレグロは、フランスのギャラント(優美)なスタイルによるソナタ形式の楽章。
 第2楽章 アンダンテは、ポロネーズによるロンドー。
 第3楽章 アンダンテは、ガヴォット風の主題に12の変奏が続く。

M.ラヴェル(1875-1937)
夜のガスパール

 ラヴェルの数あるピアノ曲中、もっとも至難な技巧を要するこの作品は、34歳で夭逝したフランス・ロマン派の詩人、ルイ・アロイジュス・ベルトラン(1807-41)の遺作の散文詩<夜のガスパール>から選んだ怪奇な3篇の詩をもとに、1908年に作曲された。簡潔明晰な作風を得意としたラヴェルにあっては珍しく、暗くロマン的な情熱と幻想に満たされた音楽となっているが、曲の情感を見事に造形化するその精緻なピアニズムは、ストラヴィンスキーをして「スイスの時計職人」と呼ばしめたラヴェルならではのもので、際だった色彩と演奏効果を発揮する。全3曲は、ソナタ形式 ― 緩徐楽章 ― ロンド形式の3楽章構成のソナタを想わせるところもあり、そのあたりシューマンの<幻想曲>とも相通ずる作品である。
 第1曲「水の精」は、湖の底深くに棲み夫に迎えた人間の若者に裏切られた水の精、オンディーヌの青白い怒りと恨みが、甘美で幻想的なピアニズムによって描かれる。
 第2曲「絞首台」は、鐘の音が全曲を通して不気味に鳴り響く音楽。絞首台に吊された罪人の亡骸は、沈みゆく太陽に赤々と照らされる。
 第3曲「スカルボ」は、地の精でグロテスクな侏儒の姿をしている。月の光に誘われて寝室に出没したスカルボの、火花のような跳梁がスケルツォ風のタッチで描かれる。

L.v.ベートーヴェン(1770-1827)
ピアノ・ソナタ第26番 変ホ長調 作品81a「告別」

 ベートーヴェンの中期ピアノ・ソナタの代表作の一つに数えられるこの作品は、1809年~10年に作曲され、ベートーヴェンの最有力のパトロンだったルドルフ大公に献呈された。1809年春、ナポレオン軍のオーストリア侵攻の際、大公一家はウィーンを離れ疎開先のオーフェンへ移ったが、「告別」のタイトルはその大公との別離を意味している。ベートーヴェンは第1楽章に「告別」、第2楽章に「不在」、第3楽章に「再会」のタイトルを付け、1810年に大公がウィーンへ戻り再会を果たすまでの思いをこの曲に込めたのだった。第1楽章冒頭の主題の音型にはLe-be-wohl(告別)というモットーが記され、このモティーフが広範に用いられる。また随所に見られる対話風の書法も、この曲ならではのきめ細かい情緒を生んでいる。
 第1楽章 「告別」アダージョ- アレグロ
 第2楽章 「不在」アンダンテ・エスプレッシーヴォ
 第3楽章 「再会」ヴィヴァチッシマメンテ

F.ショパン(1810-1849)
ピアノ・ソナタ第2番 変ロ短調 作品35「葬送」

 いわゆるサロン風の小品に類稀な才能を発揮したショパンは、構築性を追求する「ソナタ」にはあまり向いていなかったのか、彼が生涯に残したピアノ・ソナタは、わずか3曲にとどまる。しかし、習作期の<第1番>は別にして、円熟期に書かれた2曲のソナタは、ショパン特有の叙情性と自由でユニークな形式を備えた傑作として、ロマン派のソナタを代表する作品として知られている。
 「葬送」の名で知られるこの<第2番>は、失える祖国を追悼するために1837年に作曲した<葬送行進曲>を中心に着想されたソナタで、1839年の夏、ジョルジュ・サンドの献身的な愛情に包まれたノアンでの幸せな日々の中で書かれた。ドラマティックな楽想を、決して形式に縛られることなく自由に展開させ、時には楽章の性格や配置をも自由に扱いながら構成される曲作りは、この作品独特のものである。もちろんショパンが祖国の悲劇的状況へ寄せる思いをこの一曲のソナタに込めたと見ることもできるが、ショパンが表そうとしたことの真意は明らかではない。特に、陰鬱な葬送行進曲のあとに置かれた謎のような終楽章は、類を見ないユニークなものである。
 第1楽章は、グラーヴェの序奏に始まり、アジタートの激情的な主題が支配する。
 第2楽章はスケルツォで、半音階的パッセージを生かした主部と、マズルカ風の甘美な
中間部とで構成される。
 第3楽章は、あまりにも名高い葬送行進曲。
 第4楽章は、両手のユニゾンによる3連符に終始する不思議な音楽。「墓場に吹く風」などと形容されることもあるが、ショパンは「行進曲のあとで左手が右手と同音でぺちゃくちゃ喋るのだ」とのみ語った。


アブデル・ラーマン・エル=バシャ ピアノ・リサイタル
2012年10月16日(火) 19時開演 紀尾井ホール
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