2024/2/2

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【国際音楽祭NIPPON2024】国際音楽祭NIPPON2024 室内楽プロジェクト「Akiko Plays CLASSIC & MODERN with Friends」曲目解説

2月19日(月)では 18世紀末のウィーンを、21日(水)では19世紀末のウィーンを華やかに、センセーショナルに彩った作品に焦点をあてています。「破壊か構築か!?」と題した沼野雄司(音楽学)のエッセイに続く、作品解説(舩木篤也氏(CLASSIC)、沼野雄司氏、安良岡章夫氏(MODERN))をご紹介します。「革新的な旧ウィーン楽派」と「保守的な新ウィーン楽派」、今回の「CLASSIC & MODERN」にひそませた転倒の企てを、どうぞお楽しみください。

Program Notes
破壊か構築か!?

沼野 雄司(音楽学)
Yuji Numano

「音楽の都」ウィーン。しかし、この街が真の意味でその名に値するのは、古典派が隆盛を迎える19世紀初頭から、無調があらわれる20世紀初頭までのおよそ百年間にすぎない。旧ウィーン楽派と新ウィーン楽派の時代。
 旧ウィーン楽派がハンガリーやチェコの音楽を積極的に取り込もうとしたのにたいして、新ウィーン楽派は、ドイツ・オーストリアの伝統を純化することに意を注いでいたようにもみえる。とすれば、一般には「構築」と「破壊」、あるいは「保守」と「革新」とみなされている両者は、まったく逆のモメント、すなわち「破壊的で革新的な旧ウィーン楽派」と「構築的で保守的な新ウィーン楽派」とみることが可能なはずなのだ。
 今回の「Classic & Modern」にはそんな企みがひそんでいる。破壊と構築。ぜひこの転倒を楽しんでいただきたい。

CLASSIC ~Vienna 1800~

舩木 篤也(音楽評論) Atsuya Funaki

■ベートーヴェン:2つのオブリガート眼鏡付きの二重奏曲 変ホ長調 WoO 32
 謎めいた題をもっと平易に訳すなら「眼鏡が2つ要る二重奏曲」とでもなろうか。ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770-1827)が知り合いのヴィオラ奏者とチェロ奏者のために書いたもので、この二人が眼鏡をかけていたのだろう。19世紀の終わりにスケッチのかたちで発見された。4楽章構成が計画されていたようだが、演奏可能なのは冒頭のアレグロ楽章と、メヌエット楽章のみ。それらにしても、強弱や弓遣いの指定はなく、出版者や奏者が独自に判断せねばならない。作曲は1800年「頃」とされている(1796年説あり)が、いずれにしても、ベートーヴェンが生まれ故郷ボンからウィーンに移ってからの作品である。

■モーツァルト:クラリネット五重奏曲 イ長調 K.581
 ベートーヴェンの先輩、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756-1791)もウィーン移住組で、ザルツブルクからやってきた。わずか35年となる人生の、最終局面において。クラリネット五重奏曲の創作は1789年と、なかでも晩年にあたる。
 18世紀にようやく発展をみた新参の楽器、クラリネットに、モーツァルトはことのほか魅せられていたというが、本作に関しては刺激をもらった具体的な人物がいる。ウィーン宮廷楽団の名クラリネット奏者、アントン・シュタードラーである。当時開発された低いハ音まで出るバスクラリネット(現在でいうバセットクラリネット)を見事に奏した人で、モーツァルトは彼が吹くこの楽器への「当て書き」としてこの五重奏を書いた。現在ではしかし、たいてい通常のクラリネットで吹く。早春の青空のように美しい全4楽章。

■パガニーニ:ロッシーニの歌劇「エジプトのモーゼ」より「汝の星をちりばめた王座に」による序奏と変奏曲 「モーゼ変奏曲」 Op.24, MS 23
 ウィーンは多民族・多文化が行き交い、混在する都市。音楽も、それゆえに、この地で豊かに実ったのだ。隣国イタリアから、ヴァイオリンの超絶技巧で鳴らしたニコロ・パガニーニ(1782-1840)がやって来たのもその一例。メッテルニヒ宰相の招きで1828年3月から7月まで滞在し、全14回の公演を大好評のうちに催した。
 「モーゼ変奏曲」は、うち4回もの公演でパガニーニが披露した演目で、旧約聖書に材をとったロッシーニの歌劇「エジプトのモーゼ」の音楽が基になっている。歌劇の終盤で、エジプトを脱出しようとするヘブライ人が行く手を紅海に阻まれる。そこでモーゼが神に祈る歌が「汝の星をちりばめた王座に」であり、この旋律でもって曲は開始。ただし「主題」の提示は行進曲調になってからで、その変奏がこれに続く。一貫してヴァイオリンの一番低い弦であるG線で奏される。ウィーンでもすでにロッシーニ旋風が巻き起こっていたから、さぞかし受けたことだろう。

■パガニーニ/クライスラー:ラ・カンパネラ
 パガニーニのウィーン初公演は1828年3月29日で、ベートーヴェンはもう他界していたが、シューベルトはこれを聴いている。そして大いに感嘆、「アダージョでは天使が歌うのを聴いた」と言ったとか。この「アダージョ」とは、パガニーニのヴァイオリン協奏曲第2番・第2楽章のことなのだが、この協奏曲はむしろ第3楽章で有名だろう。オーケストラ中の鐘パート(多くはグロッケンシュピールなどで演奏)と、フラジオレット奏法を駆使する独奏ヴァイオリンとのかけ合いが特徴的なことから、ラ・カンパネラ(鐘)のあだ名がついた。これから聴くのは、この楽章のピアノ伴奏版である。フリッツ・クライスラー(1875-1962)が編曲したこの版は、原曲の中間部を省いた短縮版だ。

■シューベルト:ピアノ五重奏曲 イ長調. D667 「ます」
 もはや王侯貴族に頼らない(頼れない)、市民時代の作曲家。フランツ・シューベルト(1797-1828)は、ウィーンにおけるその最初期の一人であろう。10代で書いた弦楽四重奏曲群は、もっぱら家族で楽しむためのものだった。室内楽にはしかし、貴族のためでもない、家庭のためでもない、第3の場が当時ひらけ始めていた。「コンサート」である。シューベルトが弦楽四重奏曲第13番「ロザムンデ」でそちらに打って出るのは、1824年。ピアノ五重奏曲「ます」は、この転換へのちょうど途上にある作品だ。
 1819年、もしくは1823年の作。音楽愛好家、ジルヴェスター・パウムガルトナーが「フンメルふう」の曲を所望したのがきっかけで、ピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスという一風かわった編成を採っているのも、ヨハン・ネポムク・フンメル(1778-1837)の五重奏曲にならったためである。チェロを積極的にメロディー楽器として扱っている点に注目。ハーモニーの土台役はコントラバスに任せよう、というわけだ。
 全5楽章。「ます」のあだ名は、第4楽章の主題がシューベルトの歌曲「ます」から採られていることに由来する。依頼者パウムガルトナーお気に入りの旋律で、その変奏が展開する本楽章は、たしかに本作の要と言えよう。

MODERN ~Vienna 1900~

 沼野 雄司(音楽学) Yuji Numano

■ベルク:ヴァイオリン、クラリネットとピアノのためのアダージョ
 アルバン・ベルク(1885-1935)の代表作といえば、誰もがふたつのオペラ――「ヴォツェック」と「ルル」――を思い浮かべるだろう。この両オペラの間に彼が書いた、きわめて重要な作品が「室内協奏曲」(1925)である。
 ベルクはこの曲のなかに、師への感謝、そして仲間たちとの交友をひそかに織り込んだ。たとえば、最初の楽章のあたまではアルノルト・シェーンベルクの名から取った音列「a-d-es-c-h-b-e-g」が示され、そのあと盟友ウェーベルンの名から取った音列「a-e-b-a」、そして自分の名をあらわす「a-b-a-b-e-g」があらわれるのである。なんとも麗しい友情。
 理由は定かではないのだが、最晩年の1935年、この曲の第2楽章「アダージョ」を、ベルクは自らヴァイオリン、クラリネット、ピアノのために編曲した。この編成による楽曲は19世紀にはバウスネルン(「セレナード」1898)くらいしか見当たらないが、20世紀にはいると、ストラヴィンスキー「兵士の物語」のトリオ版(1919)が初演されているから、もしかするとベルクはこれに影響されたのかもしれない。演奏時間は13分ほど。
 編曲はシンプルで、ヴァイオリンはほぼ原曲のまま、ピアノは管楽器の和音を、そしてクラリネットは重要な対旋律を担当する。中央部でピアノの左手は低い「ド♯」を12回連打するが、この部分を軸にして楽曲は左右対称な鏡像形をなす。

■ウェーベルン:チェロとピアノのための3つの小品 作品11
 アントン・ウェーベルン(1883-1945)の作品は、演奏時間が極度に短いものが多い。1914年に書かれたこの「3つの小品」も、第1曲が9小節、第2曲が13小節、第3曲が10小節という短さ。テンポの速い第2曲などは、たいていの場合15秒程度で終わってしまう(!)。まさに音の俳句というべきか。
 第1曲は「中庸な速度で」。チェロ・パートは弱音器をつけてはじまり、次に倍音を響かせたかと思えば、駒のうえでガリっとした音をだし、さらにはピツィカートを経たのちに、指板に寄せて弓を使う、といった具合に、わずか9小節のあいだに目まぐるしく奏法を変化させる。第2曲は「とても活気づいて」。長7度の音程を基盤にしながら、怒気を孕んだように音楽が進む。第3曲は「きわめて静かに」。10小節のなかにチェロの最弱音が8つ。停滞した時間のなかでチラチラと音が光り、再び静寂に沈んでゆく。

■コルンゴルト:ピアノ三重奏曲 ニ長調 Op.1
 音楽史のなかでも例外的な「神童」として知られるエーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルト(1897-1957)が最初に出版した作品。
 ほほえましいのは、ウニヴェルザール社から出ているこの楽譜の冒頭に、わざわざ「まえがき」として、コルンゴルトが1897年5月に生まれたこと、そしてこの楽曲が1910年4月に作曲されたことが記されている点だ。つまり出版社(あるいはステージパパのユリウス?)は、まだ12歳の少年が書いた曲であることをアピールしたかったのだろう。
 やや鼻白む気もするけれども、曲を聴いてみれば、そう言いたくなる気持ちもよく分かる。なにしろ楽曲冒頭から、ほのかな甘みを湛えた旋律が、3つの楽器のはざまでふわりと花ひらく。しかもその後ほどなくして明らかになるのは、この少年がブラームスばりの重厚なモティーフ操作と対位法的な構築美までをもすでに身につけていることなのだ・・・・・・。
 第1楽章は定石通りのソナタ形式で書かれているが、その手つきは転調・楽器法・主題操作といった点でいずれも堂に入っており、一種の風格さえ漂っている。第2楽章はスケルツォ。ワルツのようなリズムを交えつつ、ピアノを主体に進んでゆくが、トリオ部では一転してヴァイオリンが艶やかな旋律を奏でる。第3楽章はチェロの不安定な音程ではじまるラルゲット。ピアノの極度に精妙な和声が聴きもの。そして第4楽章は、前楽章の主題を変形した主題をもつフィナーレ。雑多な内容を強引に押しこんでしまう手腕が鮮やかだ。

■シェーンベルク:浄められた夜 Op.4
 アルノルト・シェーンベルク(1874-1951)によって1899年に作曲された弦楽六重奏曲。のちに弦楽合奏版も作られた。
 よく知られているように「浄められた夜」というタイトルはリヒャルト・デーメルの同名の詩に由来しており、実際、曲は詩の内容をかなり忠実に音楽化したものといってよい。1902年の初演が不評だったのは、おそらくは無調ぎりぎりにまで迫った流動的な響き、そして性的なニュアンスをたっぷり含んだデーメルの詩の双方が原因だったのだろう。
 詩は、女が他人の子を身ごもっている事実を静かに語りだす冒頭から、男が女の過ちを自分のものとして引受け、二人で「浄められた」夜のなかを歩いてゆく終結部まで、凛とした静謐が全体を貫いている。この詩を、シェーンベルクの音楽はかなり抒情的に音楽化しているが(基本的に女の話はヴァイオリン、男の話はチェロに割り振られている)、なにより素晴らしいのは、30分ほどの時間のなかで、暗く弱い色調が徐々に――本当に粘り強く慎重に――まばゆく強い光へと変貌してゆく点だ。ここには25歳の作曲家の尋常ではない集中力がはっきりと示されている。


安良岡章夫:ステッラ・ビナーリア~2台のヴァイオリンのための(2023)
《Stella Binaria》は天文用語で連星を意味するイタリア語である。連星には、両星間の距離が近すぎてガスの外層を共有したり、互いの重力で形が歪んだり、伴星が主星(明るい方)の手前を日食のように横断し光度を変化させる等、様々な種類が存在する。2台のヴァイオリンによる新作という委嘱を頂いた際、先ずは2人の奏者による協奏・隔離(遠近感)・拮抗を意図したが、その発想と各種連星の軌道運動に相通ずるものがあり、このタイトルに至った。
曲は右手・左手によるピッツィカートが主体の点描より導入、次第に自然倍音による淡い音像へと推移する。突如角張った2つの線が絡み合い、重音による量感のある楽想と交錯し、多様な運動を生みつつ展開された後、冒頭の点描が再現し曲を閉じる。19日にパガニーニ作品が演奏されたことに準じ、彼の技巧を意識的に取り入れた。昨年9月から11月にかけて作曲。演奏時間約8分30秒。

安良岡 章夫

安良岡 章夫(やすらおか・あきお)
1984年東京藝術大学大学院修了。野田暉行、三善晃の両氏に師事。日本音楽コンクール第1位、日本交響楽振興財団作曲賞、芸術祭優秀賞等受賞。桐朋学園大学作曲科教授を経て現在東京藝術大学教授。これまでに理事、副学長を歴任。多彩な作曲活動を行うと共に、現代作品の指揮にも力を入れ、多数の作品の初演を手掛ける。


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