2014/1/25

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【必読!】話題のソプラノ モイツァ・エルトマンに聞く

 この春、日本でふたたびリサイタルを開くモイツァ・エルトマン。実力全開で大好評を博した2012年のリサイタルに続き、今回は、ハーピストのグザヴィエ・ドウ・メストレとの共演という点でも大きな注目を浴びるだろう。
 そのエルトマンに、昨年9月ドイツにて、日本公演にかける思いをお伺いすることができた。話題はそのほか、自身の音楽活動全般や、歌曲芸術の未来についてなど、多岐にわたる。以下は、そのほぼ全容である。
 インタビューは2013年9月26日、ドイツ・カンマーフィルハーモニーのベートーヴェン《フィデリオ》公演にマルツェリーナ役で出演中のところ、ブレーメンからボンに移動する列車内で行われた。

取材/文:舩木篤也

モイツァ・エルトマン

Q:今回の日本公演のために、2種類のプログラムを用意されましたね。演目はどうやってお決めになりましたか?
モイツァ・エルトマン(以下ME):まず、王子ホール(小ホール)用と、東京オペラシティコンサートホール(大ホール)用にという前提がありました。幸いなことに、どちらのホールも前回、ゲロルト(・フーバー)とのリサイタルを通して知っていますから、イメージしやすかったですね。王子ホールは歌曲の夕べに適していると思いますので、その線でと考えていたのですが、オペラ・アリアもご希望ということで、オペラ作品からも最後に2曲加えました。その際、空間を考慮して、より内省的なアリア(ベッリーニ《カプレーティとモンテッキ》より、プッチーニ《ジャンニ・スキッキ》より)を。
また、前回と違って、よく似た雰囲気の作品があまり多く続かないよう努めました。そのうえで、ハープで弾くのに適した曲はどれかと考える。クザヴィエ(・ドゥ・メストレ)は、歌曲のレパートリーもたいへん幅広く、もう何度も一緒に演奏してきましたが、私、彼とはオペラ作品をまだ一度も歌ったことがないんです。

Q:ヨーロッパでもですか?
ME:ええ、一度も。これまでは歌曲ばかりでした。今回の日本公演が、正真正銘の初公開です。ですから、「ハープとできるオペラ作品は何か」と考えなくてはいけない。

Q:編曲も必要となってくるでしょうか。
ME:いいえ、その必要はありません。彼は(ピアノ譜の載った)ヴォーカル・スコアから直接弾きますから。《カプレーティとモンテッキ》のジュリエッタだったら好都合だし、《フィガロの結婚》のスザンナ、《リゴレット》のジルダも行ける、とそんなふうに考えて、グザヴィエに電話して「どう思う?」と。

Q:オペラシティのほうは、ホールの規模を考えて、オペラ作品をより多く採られたわけですね。モーツァルト、ベッリーニ、ヴェルディ、サリエリ……。古典からベルカントまで、かなり広範囲にわたっています。
ME:そう、私のいろんな側面を聴いて頂きたくて。モーツァルトは、私のオペラ・レパートリーのいわば「核」を成す部分。モーツァルトを演奏会の前半に置くというのは、グザヴィエの提案です。オペラでは、それからR. シュトラウスも、目下たくさん歌う予定なんですよ。《ばらの騎士》のゾフィーを、ウィーン国立歌劇場(2013年10月)で、MET(同年11月)で、それからバイエルン州立歌劇場(2014年7月)で、ザルツブルク(同年8月)で。この役はシュトゥットガルトで最初に歌った(2009年)きりだったのですが、私にはとても合った役です。シュトラウスでは、もしかしたら《アラベラ》のズデンカもいいかもしれない。ダフネなどもチャンスがあればと思いますが、こちらはあまり上演されませんね。

Q:シュトラウスにとてもご興味をお持ちのようですね。
ME:ええ。ただ、オペラ作品からとなると今回のリサイタルでは難しい。ハープですからね。でも、グザヴィエの演奏技術はほんとうに素晴らしいんですよ! 今回は歌曲を選んだわけですが、シュトラウスの歌曲も、私にとても合っていると思う。こちらがこう動くと、一緒にそう動く、まるでゴムみたいな感じ。ほんとうに素敵な曲を書いたものだわ。シュトラウスの歌曲は、前回、日本ではあまり知られていない印象をもちましたが。

Q:たしかに、少しずつ知られるようにはなってきていますが、シューベルトの歌曲ほどではありませんね。ところで、プログラムの全体に、なにか一貫したテーマ、関連したテーマのようなものはありますか?
ME:今回の場合は、テーマより「ハープ」が第一の問題でしたからね。むしろ作曲家を基準に考えました。演奏会のはじめからパワー全開というのではなく、徐々にヴォルテージを上げてゆくような流れを作ってゆくのです。と同時に、変化に富んだものにする。グザヴィエのソロで、スメタナ作品などもありますよ。

Q:それにしてもエルトマンさんは、バロックから現代音楽までと、ほんとうにレパートリーの幅が広いですよね。最近では、ディ・プリースター(ドイツの聖職者3人によるヴォーカル・アンサンブル)と共演なさったり。まだお若いのに、その間口の広さ、知識の広さはどこからきているのでしょう。なにか秘密のメソッドでもあるのでしょうか?
ME:うーん。言われてみれば、たしかに。憶えるのが速いというのはあると思います。絶対音感があるので、楽器無しでも、楽譜さえあればホテルの部屋でも練習できます。とにかくヴァラエティが、変化が好きなんですよ。4曲か5曲そこらの歌ばかりツアーで繰り返し歌うというようなのは、私には恐ろしく退屈なことです。歌曲も好き。管弦楽付きの作品も好き。昨日のようなコンサート形式のオペラ(ドイツ・カンマーフィルとの《フィデリオ》)も好きです。お客さんにだって、順応性はありますね。「センセーショナル」な演出がなくとも、ちゃんと集中してくださいます。
そう、多様性が大事で、私は6、7週間ほどオペラにじっくり取り組んだあとは、ふたたびピアニストやグザヴィエなどと一緒に、歌曲をとても歌いたくなる。2014年用には、ほかにも新たな歌曲のプログラムを組みましたよ。そこでは、それこそテーマ――恋愛、結婚、苦悩、離別、死、そして永遠性へといった主題――を設定して、モーツァルトからシューベルトを経て、シューマン、メンデルスゾーン、アリベルト・ライマン、ヴォルフガング・リームと歌い継いでゆく。R. シュトラウス・イヤー(生誕150年)ということで、シュトラウスもやりますが、オール・シュトラウス・プロというのは、私はしません。誰もがやりますから。自分のレパートリーのなかから、できるだけ異なった様式のものを組み合わせたい。リームが新しく「オフィーリア歌曲」を書いたのですが、これをシュトラウスのオフィーリア歌曲と対比させて歌ったり。

モイツァ・エルトマン

Q:ヴォルフガング・リームのことは、よく御存じなんですよね。2010年にはザルツブルクでオペラ《ディオニュゾス》を初演なさいました。
ME:ええ、私たちは2005年からの知り合いで、この間、彼は私のためにたくさんの曲を書いてくれました。たとえばヘルダーリンの詩を用いた、クラリネットとソプラノのための《ムネモシュネ》。2006年に初演しましたが、つい先日もシャロウン・アンサンブルとベルリンのフィルハーモニーで演奏しました。それはもう凄い曲で、3点ニ音などという、とても高い音が出てくる。私がいろんなレパートリーを歌い、憶えるのが比較的速いということがあるからだと思いますが。

Q:お父様は作曲家でいらっしゃいますが、現代音楽がお得意なのは、そのことと関係があると思われますか?
ME:たしかに、私は音楽家の家に生まれ育ちました。なので、規律をもって練習を続けるということがどういうことなのか、早い時期から知っていました。現代音楽についても、そうした響きを聴いて育ってきたからでしょう、近づきがたいと思ったことは一度もありません。
でも、「現代音楽専門」というレッテルを貼られるのはご免ですね。「専門」となると、4分音(半音の半音)ばかり、無理な音程ばかり、超高音ばかり、と異常な緊張状態に始終さらされ続けます。それは危険なことで、声の持つ美しさが、いつしか失われかねません。私にとっては、現代音楽「だけでなく」、モーツァルトやシュトラウス「にも」戻れるということが大切なんです。

Q:クラシックの歌唱芸術に未来はあると思われますか。ヨーロッパでは、特に歌曲の夕べともなると、ほとんどのお客様がかなりのご高齢です。歌曲芸術が、このさき仮にすたれてしまったら――
ME:――それはもう、すっごく残念なことですよね。演奏会の開かれる都市や会場によって、状況は異なるとは思うのですが……。うーん、どうすればいいのかしら。まずは家庭できっかけを作るべきでしょうか。自分の家がそういう家庭ではないとすれば、学校のほうで、とは思うのですけど、ドイツの学校では音楽の時間がどんどん削られているんですよね。
でも、そうだ!3年前、ボンのベートーヴェン音楽祭で歌曲の夕べを催したときに、演奏会が終ってから、ある学校を訪問したんです。社会的にあまり恵まれない子供たちが通う学校です。そこで14歳から16歳の子どもたち70人を相手に、授業の2コマ分(90分間)を使って、シューベルトの歌曲を歌いました。そのときの彼らの集中力といったら!人がひとり自分たちの前に立って、マイクなしで歌う。それだけで、もう呪縛されたみたいになって。見せもの的な要素は一切ありません。音楽に集中するほかない。しかも歌詞を追いながらですよ。
現代はますます「集中する」ということが無くなってきていますよね。席に着いて、じっと本を読むというようなことも少なくなってきている。コンピュータなどに、しょっちゅう注意をそらされて。情報の洪水にさらされて。でも、「こんな速いテンポ、私はイヤだ!」と考える人も、いっぽうでは増えているでしょう。
演奏後には、子どたちからの質問コーナーもありましたよ。心のなかで、小さくてもいい、子ども時代にいちど火が点けば、のちのち思い起こすこともあるでしょう。「あれって悪くなかったよね」って。こういうオファーがあれば、私はいつでも受けることにしています。ただし、演奏会に行けと強制するのはいけませんね。日本ではどうですか? お客さんの層は、ずっと若いように見受けますが。

Q:たしかにそうですが、歌曲となると、状況はヨーロッパと似たりよったりでしょうか。
ME:チケットの値段のせい?

Q:いや、違うと思います。以前は、「リートファン」という層が日本にもはっきりありました。もちろん、そう多くはありませんが。学生時代にドイツ詩を好んで読んだ、というような世代です。そう、「詩を読む」ということ自体が、あまりなされなくなったせいでしょうか。
ME:それは大きいでしょうね。私自身は子どもの頃、ハンブルク州立歌劇場の児童合唱団にいたのですが、出演したのはオペラだけじゃなくて、いろんなプロジェクトに参加し、あちこちツアーにも出かけました。その「みんなで」という感覚が、とても素晴らしかったんです。まるで大きな家族みたいで。いや、本当に! 共に音楽を作るという体験ですね。合唱などは、子どもたちが音楽の楽しさを知る良いきっかけになるんじゃないかしら。そしていつの日か……、という具合になる。

Q:日本に最初に来られたときも、児童合唱団員としてでしたね。
ME:そう。ハンブルク・アルスターシュパッツェン(ハンブルク・アルスター湖の雀たち)という名の合唱団(笑)。たしか3週間の滞在で、東京、大阪、名古屋、京都と回りました。そしてフジサンに遠足に行って。その後、ベルリン・コーミッシェ・オーパーと訪日し、それからサントリーホールに出演して。

Q:ダニエル・ハーディング指揮のマーラー・チェンバー・オーケストラと、マーラーの交響曲第4番を歌われた。
ME:そう。その次がゲロルト(・フーバー)との前回のリサイタル。

Q:エルトマンさんにとって日本はどんな国ですか?
ME:日本は本当に楽しみです!いつだってとてもよく迎えてくれて、スタッフの皆さんがすごく親切で、たいへん気を遣ってくださいます。お客様も素晴らしい。集中して聴いて下さるし、知識もあって、感受性が豊かで。東京はエキサイティングな街ですね。大都市ではあるけれど、場所によって顔が違うし。今回は東京以外の所も、自然の景色とか、もっと知ることができればと思っています。
私のホームページには、私のフェイスブックへのリンクも張ってあって、前回の日本と韓国ツアーのあとでは、ファンの方が100人も増えたんですよ。とても嬉しいわ。サイン会にも、もう本当にたくさんの方がいらして――

Q:――あれは大変ではないですか?
ME:ぜんぜん! とっても嬉しいです。お客さんと、少しばかり言葉を交わしたり、実際に触れあうことができますから。

Q:来日を楽しみにしています。
ME:どうもありがとう!

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ハープと歌で織り成す天上の調べ
モイツァ・エルトマン(ソプラノ) & グザヴィエ・ドゥ・メストレ(ハープ) デュオ・リサイタル

2014年04月30日(水) 19時開演 東京オペラシティ コンサートホール

モイツァ・エルトマン

公演の詳細はこちらから

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