2022/2/25

ニュース

  • Facebookでシェア
  • Twitterでツイート
  • noteで書く

〈国際音楽祭NIPPON2022〉「諏訪内晶子 室内楽プロジェクト Akiko Plays CLASSIC and MODERN with Friends」 プログラム監修 沼野雄司氏による曲目解説をいち早くお届けします!〈CLASSIC編〉

国際音楽祭NIPPON2022クラシック&モダン

国際音楽祭NIPPON「諏訪内晶子 室内楽プロジェクト Akiko Plays CLASSIC and MODERN with Friends」は古典~ロマン派の作品を中心としたCLASSIC公演と、現代作品で構成されるMODERN公演から成る、シリーズ企画です。

対をなす二夜のプログラムでは今回、ファニー・メンデルスゾーンからバツェヴィチまで様々な時代の女性作曲家の作品が積極的に取り上げられ、また望月京による委嘱新作も初演されます。

芸術監督の諏訪内晶子は、「この10年で、女性作曲家の作品を弾く機会が非常に増えてきています。世の中が多様化へと動いていくなかで、いつかはプログラムに取り入れたいという思いがあり、今回の企画に入れさせて頂きました。」と、その思いを語っています。

同企画のプログラム監修・沼野雄司氏による曲目解説<CLASSIC編>をお届けいたします。


Program Notes

                           沼野 雄司(音楽学)

<Akiko Plays CLASSIC with Friends>

 19世紀の女性作曲家といえば、多くの人がまずはファニー・メンデルスゾーンとクララ・シューマンの名を挙げるのではないだろうか。しかし1983年に刊行された、我が国最大の音楽事典である平凡社「音楽大事典」を見ると、ファニーもクララも項目は立っておらず、それぞれ弟、夫の項目の中でひっそりとその存在が記されているだけだ。こんなところからも、この40年で音楽史の見取り図がいかに変わったかがよく分かる。今やこの2人は、ロマン派という運動の一側面を象徴する重要な音楽家と見なされているから、未来の音楽事典の項目から外れることはまずないだろう。

■モーツァルト: ヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲 ト長調 K.423
 W.A.モーツァルト(1756-91)によるこの二重奏曲は、病のために作曲が滞っていたミヒャエル・ハイドンを助けるための代作という逸話で知られている。ただし、現在の研究は相当程度、この友情エピソードを疑問視しているらしい。確かに、代打にしては個性が出すぎており、ミヒャエルの様式とは明らかに異なっているのだ。しかし、こんなに楽しい二重奏もそうはないから、もしも代作説が本当だとしたら、我々はミヒャエルに感謝するべきだろう。作曲は1783年。
 第1楽章(アレグロ)は、2つの楽器が絶妙に絡み合う中で、作曲者ならではの技術がいかんなく発揮された痛快な音楽。第2楽章(アダージョ)は、ヴァイオリンがしっとり歌う緩徐楽章だが、それを受け止めるヴィオラ・パートの豊かさに注目したい。第3楽章(アレグロ)は、軽快なロンド。両楽器が同じリズムで高揚してゆく部分に作曲者の若い鼓動がうかがえよう。

■ファニー・メンデルスゾーン : 弦楽四重奏曲 変ホ長調
 ファニー・メンデルスゾーン=ヘンゼル(1805-47)は、フェリックスの4歳上の姉。強調しなければならないのは、ファニーの個性が弟とはかなり異なることだ。あくまでも古典的な佇まいを崩さない弟とは対照的に、ファニーの音楽は時に激しく短調へと傾き、直截なパトスを発散する。バッハ以降のドイツ音楽を深く消化し、それらを濃厚なポエジーへと昇華させる点においては、むしろシューマン的な作曲家ともいえるかもしれない。
 第1楽章(アダージョ・マ・ノン・トロッポ)は、なんと緩徐楽章。大胆な着想であり、まるでベートーヴェンの晩年の四重奏を聴くような味わいがある。第2楽章(アレグレット)は、憂いを含んだスケルツォ。中間部では突如としてざっくりとしたフーガに転じて、弟に負けない対位法技術を披露する。第3楽章(ロマンツェ)は、きわめて穏やかながら初期ロマン派の最良の一頁ともいえる流麗な音楽。そして第4楽章(アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェ)において、ようやくソナタ形式が登場。華やかな楽想だが、なにより展開部では一気に短調に転じて、ドラマティックな情念の奔流が走るのが、ファニー流だ。

■クララ・シューマン:3つのロマンス Op.22
 19世紀のドイツにおいて、ピアニストとしてもっとも華やかな活躍を果たしたのが、クララ・シューマン(1819-96)である。当時の感覚からすれば、ロベルトの方が「クララの夫」ということになろう。彼女は作曲の才にもめぐまれていたが、当時の社会や夫との関係の中で、そして8人の子どもを育てる中で、創作に十分な時間を割くことはできなかった。とりわけロベルトが没してからは、ほとんど作曲の筆は執っていない。
 ピアノとヴァイオリンのための「3つのロマンス」は、1853年、シューマン夫婦が過ごした、最後の平穏な時期に書かれたものである。全体はややムード的に傾くこともあるが、しなやかな個性が垣間見える、愛らしい音楽だ。第1曲(アンダンテ・モルト)は、やわらかい情感の中で旋律が紡がれてゆく中で、時折ジプシー風のニュアンスが浮かんでは消える。第2曲(アレグレット)は、陰と陽の統合。どちらの要素も決して支配的にならない、品格のある中庸。そして、もっとも長い第3曲(情熱的に速く)は、ほとんどピアノ曲のような複雑な音型の上で、ヴァイオリンが息の長い旋律を奏でてゆく。

■フランク:ピアノ五重奏曲 ヘ短調
 19世紀のフランス音楽は、1871年の普仏戦争の敗北を機に新しいフェイズに入る。もはやドイツ・ロマン派の後塵を拝することなく、新しいフランスの器楽を打ち立てねばならない・・・。こうしてサン=サーンスを中心にして設立されたのが「国民音楽協会」であった。セザール・フランク(1922-90)は創設メンバーのひとりだが、リエージュ生まれの彼は、このとき若いころ取得したフランス国籍を失効しており、のちにあわてて、再交付の手続きを進めることになる。
 こんなエピソードに象徴的なのだが、そもそも両親ともにドイツ系であった彼の場合、ワーグナーへの傾倒も含めて、この協会とは少々方向性を異にしている。1879年に書かれた「ピアノ五重奏曲」はその雄弁な証拠のひとつ。ここでは後期ロマン派の抒情とフランスの和声が高度に一体化し、奇跡のように豊潤な香りを放っている。
 第1楽章(モルト・モデラート・クアジ・レント)は、序奏の冒頭でヴァイオリンが下行して始まる。この複付点リズムは全曲を通して何度もあらわれるので注目しておきたい。主部はさまざまな動機が緊密に縒り合されて出来ているが、ヴィオラではじまる第2主題の可憐さが印象的。第2楽章(レント・コン・モルト・センティメント)は、ゆったりとした8分の12拍子の中で、ヴァイオリンによる密やかな歌が、徐々に高揚を遂げる過程。第3楽章(アレグロ・ノン・トロッポ・マ・コン・フォーコ)では、調性の定まらない不穏な響きが、やがてそれまでの楽章の主題を呼び込みながら、きらびやかなコーダへと向かう。


◆〈MODERN編〉はこちら ⇒ https://www.japanarts.co.jp/news/p7172/

ページ上部へ