2013/9/10

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来日直前! マレイ・ペライア 電話インタビュー

リサイタルの聴きどころと、カザルスやホロヴィッツとの思い出を語る!

マレイ・ペライア

ペライアさん、今回はインタビューにご協力いただいてありがとうございます。まず初めにリサイタルの際にどのようなお考えで選曲をなさるのかを教えてください。
私が曲目を考えるときは、その前後の時期に自分が取り組んでいる楽曲、それらに向けている関心を、どうやって1回のリサイタルの中にうまく盛り込めるだろうか、と考えます。そしてそれら複数の異なった曲目の間で、どうやってバランスをとろうか、どのようにコントラストをつけようか、と考えます。
今回演奏するベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第23番「熱情」についてです。ベートーヴェンのソナタに関しては、私はつねに、終わりのない努力を続けていると言って良いかと思います。ここ8年ほどをかけて、ベートーヴェンの全曲プロジェクト<※脚注:ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲の譜面を見直し、ヘンレ原典版として出版するという壮大なプロジェクトに取り組んでいる。>に関わっており、かなり弾きこんでいますし、このプロジェクトはあと4年ほどをかけ、完成させる予定です。ですので、ベートーヴェンのソナタは今、私のレパートリーの中心にある演目のひとつです。中でもこの第23番「熱情」は、近年よく弾いており、自分の大好きな曲です。昔からいつでも演奏することに喜びを覚え、しかし回数を重ねても、そのたびに新鮮さを感じる曲です。

バッハのフランス組曲・第4番はいかがですか。
フランス組曲は、最近レコーディングをしました。フランス組曲全曲の録音です。この曲目を挟むことで、ベートーヴェンのソナタとのコントラストをつけたいと思いました。

バッハの組曲のなかでも、「フランス組曲」は、非常に優雅な優しさがありますね。
そうです。連曲がみな美しく軽やかですね。バッハといいますと、一方でパルティータなどの、どっしりとした作風があるわけです。また組曲でも「イギリス組曲」は、厳しい感じがしますね。ですがこの「フランス組曲」はきれいな親しみやすい楽曲です。

シューマンの「ウィーンの謝肉祭の道化」はなぜ選ばれたのですか。
この作品は2~3年前から私のレパートリーに加えたものです。難易度の高い、ヴィルトゥオーゾ性を要求される作品です。そして、シューマンの作品の中にあって、実はあまり知られていないものです。演奏される機会が少ないものです。その点に着目しまして、「レアな演目」を何か一つ入れてみようと思ったのです。しかし作品を見てみますと、そこには謝肉祭の雰囲気がまさに満ちていて、いろいろな場面が描かれていますので、うきうきするような気分を味わっていただきたいです。

最後に、ショパンの作品も加えてくださいましたね。
ショパンは、聴きに来てくださる皆さまの「好み」に添ってみました。私自身ショパンが大好きなのです。やはり、とても愛されている作曲家でしょう!そしてもちろん、偉大な作曲家です。スケルツォの第2番、即興曲の第2番を今回弾かせていただきます。まずスケルツォ第2番ですが、非常にダークな、ドラマティックなパートが、リリカルなパートとの美しいコントラストを生み出しています。即興曲の第2番は重みのある部分と、曲の中ほどのショパンの民族主義的な面が表れている部分とから成っています。彼の内なる情熱をみせた作品と言っていいでしょう。

ペライアさんはすでに40余年という長いキャリアを積まれて、つねにトップランクの演奏をしてこられました。その期間、もっとも思い出に残っている出来事、忘れがたい出来事は、なんでしょうか
私の今日までの音楽家としての日々に、もっとも大きな記憶として残っているのは、二人の偉大な音楽家との出会いです。一人はパブロ・カザルス氏、もう一人はウラディーミル・ホロヴィッツ氏です。
私がまだとても若い頃でした、確か、まだ17才か18才だったと思います。カザルス氏は私のマールボロ音楽祭での演奏を聴き、その後に、ぜひ一緒に室内楽を演奏しようと誘っていただき、プエルト・リコ・フェスティバルで一週間を一緒に過ごしました。毎日、彼の演奏をすぐそばで聴けたこと、これは、本当に得がたい機会でした。カザルス氏は毎日2時間の練習を欠かしません。さらに彼はピアノも弾くのです。彼はいつも、バッハの「プレリュードとフーガ」を弾いて一日をスタートしました。この2曲を欠かしたことはなかったですね。まったく、何という幸運をいただいたものでしょうか。まだ若かったときに、このような偉大な芸術家の傍らで過ごすことができたとは! 一週間の間、午前の練習には耳を傾け、午後は一緒に合わせて演奏をしたわけです。私の音楽人生のなかでの忘れ得ない時間でした。
そして、ホロヴィッツ氏との関係ですが、まず教えを請う、というのが最初の考えでした。ですが私は当時19才か20才で、実はこの巨匠の姿に少し畏れを感じてしまっていて、最初のこの考えは実行しませんでした。しかし何年も後になってから、素晴らしい友情の絆が生まれました。私も30才ぐらいになっていた頃で、ニューヨーク在住でしたので、毎日のように顔を合わせる期間が4年ほども続きました。それはホロヴィッツ氏の人生の最後の数年間でしたけれど。

それらの交流のなかで、音楽的に大きな影響を受けたのですね?
いいえ、必ずしもそういうことではないです。人物として、非常に大切なお二人です。何を教わった、という狭い意味ではなく、私はただ、彼らのそばで一緒に時間を過ごしたにすぎませんが、そのなかで多大なインスピレーションをいただいたと思うのです。
実際の私の音楽に反映されている「影響」という意味では、いろいろな書物からも多く受けたと思います。私は音楽に関する本を読むことがとても好きです。ヨハン・セバスティアン・バッハの息子にあたる、カール・フィリップ・エマヌエル・バッハが、ハープシコードについて書いた本を読んだのが始まりでした。ここに鍵盤楽器の奏法について興味深い考察がありました。ただ弾くということではなく、実際のハーモニー(和声)と、セオリー(理論)とを、どうやって一致させるか、という話です。とても面白く、私の目を開かせてくれたのです。以来、書物による研究も欠かしません。さらに大きな影響を受けたのは、ドイツの音楽学者、ハインリヒ・シェンカーの理論なのですが、彼がまとめた研究は私にはこの上なく大切なものです。日本の皆さんはシェンカーの名前をご存知でしょうか? シェンカーは、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーの先生だった人です。フルトヴェングラーは彼の音楽人生を通して常にシェンカーの指導を仰いでいたそうです、絶えず音楽に関する質問をしていたらしいです。私もシェンカー理論にはとても興味を持っています。シェンカーの考察は、楽曲をその全体の関連性をもって一つのまとまりとして捉えようとするものです。部分、部分に小さく区切ってゆく分析の方向ではなく、曲の総体のストラクチャー(構造)を把握する、というものです。演奏する立場の私には、大変有益な視点です。

マレイ・ペライア

ペライアさんは、これまでの長きに渡る音楽活動を踏まえ、いま、将来を見据えていらっしゃると思いますが、今後数年のうちにチャレンジする予定の作品、または作曲家はありますか。
ピアノ演奏の仕事では、これまでも演奏してきた作曲家に今後もこだわり続けます。まだまだ弾きたい作品が多く残っています。たとえば、ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第29番「ハンマークラヴィーア」などは、もう弾いてはいるのですが、完全に自分のものになるまで弾きこんでいませんし、再度演奏してみたいです。またベートーヴェンのソナタということでしたら、最後のピアノ・ソナタ第32番は、練習はすでにしていますが、まだ演奏会で披露していません。バッハの「平均律クラヴィーア」も、永遠に私の挑戦の対象です。ですので、誰か新しい作曲家、作品を、ということではなく、これまですでに触れてきた多くの曲に、もっと深いアプローチを生み出したい、という欲求があります。

演奏活動を順調に行うには、健康がなにより大切ですね。ペライアさんは、体調維持のためになにかなさっているのですか?
いいえ、何も…。無頓着なんですよ。おいしく食事をして、良いコンディションでいなくてはと気にしてはいますが、特別なことは何もしていませんし、そういうことをしなくちゃ…と考える人間でもないんです。
日常をよい気分で過ごせるように、毎日の仕事が順調であるように、自然に気をつけている、というぐらいの感覚ですかね。そういう自然さが、実はとても大事なことなのです。あえてコツを申せば、毎日の勉強を怠らずに着々と続ける、ということです。ペースを乱さないことです。ある日にはものすごく働いて、次の日には気を抜く、というような、波があってはダメですね。さあ今日も仕事が楽しいぞ、って、毎日、思うことです。「何だか今日は、気が重いなあ・・・」なんて思いながらピアノに向かっても、ぜんぜんうまく弾けませんよ(笑)。そのためには、コンスタントに働くんです。「今日は、ミラクルが起こるかも知れない!」なんて、無茶な期待をしてはいけません(笑)。

ピアノの奏法は、根気よく修錬を積むことで体得され、才能ある演奏家にとっても大変な技術です。鍵盤を前にあのように精密に指を動かし音を奏でることはまさに神技です。一体どうすればそのような領域に達することができ、テクニックを長年維持することができるのでしょうか?
練習の虫なんです。練習することにすべての秘密があると…。しかし私は実は、若い頃はあまり練習していません。17才になるころまでは、練習熱心とは言い難い生徒でした。大事なのは。音楽が好きだと言う事。まずこの対象に向ける愛がなければなりません。だからこそ私たちは、そのために働く気になります。技術的に優れた音楽家になる、ということは、音楽そのものと切り離して考えることはできません。自分は音楽をこよなく愛しているからこそ、その熱意が湧くのです。例えばあなたが何かご自分がそれを好きでないことをやらなければならないときというのは、自分の芯からのやる気が出なくて、退屈なだけですね。それは良くないのです。ですから、なぜたくさん練習できるか?というその理由は、第一に音楽への愛があるからです。
若い演奏家を指導するときには、「聴きなさい、ご自分が好きな曲を、とにかく、聴きなさい。心にいま燃えているその炎を、保ちなさい。」と言います。そうすることで、いま続けている技術面の練習に、上達が見られるはずなのです。単なる技術を超えたその人独特の何かが加わってきます。技術のうえに生き生きとした表情が出てきます。「これは、身につけなければいけないテクニックだから。」とだけ思いながら練習しても上手になりませんよ。愛がなければね。
毎日毎日練習していると、だれだってルーティーンにはまることがあります。私だってそうです。ピアノを弾きこなすことは、本当に難しいです。できたはずのことができなくなって、また同じ練習をやり直すことだって珍しくありません。苛立つこともあるし、怒りを感じることもあります。そういう時は、音楽のことを嫌いになることがあります…。そしてそんな怒りのせいで、仕事がうまくいかなくなります。ですからそこで、愛を取り戻そうと頑張ることです。失いかけては取り戻し、また無くしそうになって、取り戻し…その繰り返しでいいのです。

もうまもなくの来日、ファンはみなペライアさんの到着を待っています。どうぞ、ひとことメッセージをお願いします。
これまでの来日の時もすべて、日本で過ごした時間は、喜ばしい時間となっています。今回もきっとそうなるでしょう。多くの友人のみなさんとの再会を、とても楽しみにしています。この気持ち以外にお伝えしたいことはなにもありません…ただ、待ち遠しいです。それでは、近々お会いしましょう。

取材・翻訳:高橋美佐


マレイ・ペライア ピアノ・リサイタル
2013年10月24日(木) 19時開演 サントリーホール
<曲目>
バッハ:フランス組曲 第4番 変ホ長調 BWV 815
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第23番 へ短調「熱情」 Op.57
シューマン:ウィーンの謝肉祭の道化 Op.26
ショパン:即興曲 第2番 嬰ヘ長調 Op.36
ショパン:スケルツォ 第2番 変ロ短調 Op.31
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