2020/3/18

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上原彩子 連載『私が知る、ピアニスト上原彩子』第4回 (最終回)

2022年のデビュー20周年を迎える上原彩子。「音楽の友」(音楽之友社)にて4回に渡り短期連載していた『私が知る、ピアニスト上原彩子』。上原は近年フォルテピアノでの演奏にも取り組み、演奏家として新たな境地を築いてきた。これまで指揮者として何度も共演を重ねてきた飯森範親に、上原の演奏について聞いた。また最終回の今回は、上原が演奏活動とともに力を入れている後進への指導についても、上原のコメントとともに紹介する。ピアニストとしての進化は続く
フォルテピアノでモーツァルト作品と向き合う
上原彩子は今、モーツァルトに特別の情熱を傾けている。3月に開かれるリサイタルのプログラム構成では、最初のうち「オール・モーツァルトにしたい」と強く主張したほど。近年はフォルテピアノでの演奏に取り組み、モーツァルトを再発見してきた。

昨年1月には、フルート&古楽器演奏家の有田正広とのリサイタルに臨んだ。前半ではモーツァルトの「ヴァイオリン・ソナタ第27番」ト長調K379(フルートとピアノ版)と「ピアノソナタ第10番」ハ長調K330、「アンダンテ」ハ長調K315をフォルテピアノで披露したが、2列目に座っていた私には舞台に出てきた時の上原がいつになく緊張していることがわかった。

「普段のモダンピアノでの演奏では指が震えることなんてありません。ところがあの日は忙しく弾いている最中は良かったのですが、止まった時に指が震えてしまいました」

少女時代からモスクワの名教師ヴェラ・ゴルノスタエヴァの教えを受け、ロシア音楽をはじめベートーヴェンやブラームスなど重厚な曲を得意としてきた上原が、なぜあえて音量の出ないフォルテピアノの演奏に取り組んだのか。

「最初は古楽器の人たちがどういう風に楽譜を読み、どんな解釈をしているのかということを知りたいと思っていたのです。モダンのピアノとフォルテピアノとはまったく違う楽器なので抵抗はなかったのですが、考えかたや楽譜の読み方が一つひとつ細かくて、フレーズ、アクセント、イントネーションの他に、スタッカートでも丸や三角があります。そんなことは考えたこともなかったので、とても新鮮でした。有田先生のお宅にあるいろいろな楽器をちょっとずつ弾かせていただいていくうちに、どんどんおもしろくなっていきましたね」

フォルテピアノはしっかり力を抜かないといい音が出ない。力をかけるほど音が死んでしまう。

「fを出そうと前と同じように力を入れると、音が止まるんです。モダンピアノでもそういう傾向はありますが、フォルテピアノと違ってある程度はいい音が出てしまうという性質があります」<1月19日「ミューザ川崎シンフォニーホール&東京交響楽団 名曲全集第153」公演では、ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第4番」を演奏。(写真:(C)青柳 聡)>

オーケストラと響きあう上原のピアノ
いわば「ごまかし」が利くだけに、モダンピアノでうまく力を抜くのはむずかしい。だが練習を重ねるうちに、モダンピアノでも徐々に軽い音が出せるようになっていった。音の幅が広がったのである。演奏会でフォルテピアノを弾く機会も増えた。飯森範親が指揮をする日本センチュリー交響楽団とは、昨年8月にモーツァルト「ピアノ協奏曲第19番」で共演した。何度も上原と共演している飯森もフォルテピアノでの共演は初めてだった。飯森は、
「お互いの希望でした。僕は日本センチュリー交響楽団でハイドンをずっと取り上げており、弦楽器ではかなりピリオド奏法を取り入れてきましたから。正直なところフォルテピアノは神経を使います。音が小さいのでお互いに普段よりもずっと繊細に聴き合わないといけない。その結果、音楽がより室内楽的になります。フォルテピアノだと音量は出ないし表現の方法も違うしで、ピアニストとしては大変だったと思うのです。でも上原さんは、メカニック的にどう弾けば自分が感じているモーツァルトを表現できるか考え抜いて、万全の準備をしてこられました」と話す。

もともと上原はよくオーケストラの音を聴き、寄り添うタイプのピアニストである。以前、難曲で知られるラフマニノフ「ピアノ協奏曲第3番」で共演した時でも、飯森やオーケストラはそのむずかしさを感じずに演奏することができた。

「『3番』はオーケストラにとっても難曲です。でもあの時は楽に呼吸しながら演奏できました。不思議ですね。あれがソリストとオーケストラの相乗効果なんでしょうね」(飯森)

上原は、ある程度モーツァルトを弾いたあとはベートーヴェンを多く取り上げたいという。20代の頃からイタリアでの講習会に参加するなどして勉強し続け、コンサートでも少しずつ演奏してきたが、古楽器でモーツァルトを弾くことによってようやく古典派を理解できたという実感があるからだ。1月19日に東京交響楽団と共演したベートーヴェン「ピアノ協奏曲第4番」では、軽やかなタッチでfでもpでも変わらぬ芯の強い美音を響かせた。パワフルな演奏が持ち味と言われてきた上原の新境地である。<2019年11月3日、飯森範親と上原彩子は「日本センチュリー交響楽団×ザ・シンフォニーホール Vol.6 ラフマニノフ&シベリウス 2つの第2番」で共演>

後進の指導にも尽力
最近の上原は忙しい練習や演奏活動の合間を縫って、東京藝術大学音楽学部の早期教育リサーチセンターの准教授を務め、主に中学生のレッスンや試験の審査を担当している。今年の3月末で丸3年になるが、皆向上心が強い。中には地方から通ってくる生徒もいる。

「テストでうまく弾けてもよく見ると指が曲がっていたりして、まだ技術的にはこれからの生徒たちですし、彼らの力を引っ張り上げていくことを楽しんでいます。コンサートではベートーヴェン『ピアノ協奏曲第3番』を弾いた子、ショパンのスケルツォを弾いた子。1年目の子たちはまだ自分の意見を言ってこないけれど、2年目になるとそれなりに言ってきます。私と弾き方が違っても全部は指導しません」

演奏において本当に重要なことは生徒に考えさせるという方針なのだろう。自分で課題に気づき、テーマを発見し、たゆみなく練習し続けることの大切さ。教えることはそのまま上原自身に返ってくるともいえる。彼女もまた、新しいテーマを見つけて学び続けてきた。

「彼女は大学で学ばず人脈もないからハンディもあるはずなのに、それをバネにしている気がします。教える立場になっているのは、彼女が語る言葉を持ってきたから。潜在能力が高いので、これからどういう演奏家になっていくのか僕にもわかりません」(夫の齋藤孝史氏)

三女が大学に入る年頃まであと10年。子育てが一段落する時期を見据えて、今上原はじっくりと力を蓄えている。

取材・文:千葉 望
「音楽の友 2020年3月号」(音楽之友社)より

上原彩子 連載『私が知る、ピアニスト上原彩子』
第1回第2回第3回第4回(最終回)

3月25日に東京オペラシティ コンサートホールで開催する「上原彩子 ピアノ・リサイタル」では新譜に収録されているモーツァルト「キラキラ星変奏曲 ハ長調 K.265」、チャイコフスキー「四季 作品37bisより『3月 ひばりの歌』、『6月 舟歌』」を演奏いたします。上原はこの新譜で初めてモーツァルトというロシアもの以外の録音をしました。2022年デビュー20周年に向けた、上原の今の音楽をぜひお聴き下さい。どうぞお楽しみに!
新譜情報はこちらから

◆上原 彩子のプロフィールは下記をご参照ください。
https://www.japanarts.co.jp/artist/AyakoUEHARA
上原彩子 コンサートスケジュールはこちらから
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2022年デビュー20周年に向けて Vol. 1
上原彩子 ピアノ・リサイタル
2020年3月25日(水)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
公演詳細はこちらから – – – – – – – – – – – – – – – – – – –
ららら♪クラシックコンサート Vol.8 「4手6手ピアノ特集」~夢の競演でたどる音楽史~
2020年5月9日(土)14:00 サントリーホール
2020年6月20日(土)13:30 横浜みなとみらいホール
公演詳細はこちらから

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