2019/5/9

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【ミハイル・プレトニョフ】ピアニスト=プレトニョフの新しい時代

ピアニスト=プレトニョフの新しい時代 ミハイル・プレトニョフはピアノを超えた音楽家である。
 ピアノという楽器の想像力を超越していくためには、まずピアノを熟知することが必要だが、プレトニョフの卓越した演奏技巧はそのまざまざとした証であった。ロシア・ピアニズムの巨匠たちの輝かしい伝統を、新たな時代に冴え冴えと刷新して、未来へと歩み出すような鋭敏なヴィジョンが、彼の登場によって拓かれた。
 そうして、プレトニョフは他者も自己も模倣することなく、音楽上の直観と確信にそって、かなり個性的とみられる独自の解釈を、しかし十分な説得力をもって聴かせていった。プレトニョフのピアノは、まったくの発明とまでは言えないとしても、それに近い多くの発見をみせる斬新さを放つものだった。
 さて、ここまでの大半をいったん過去形で綴ったのは、そのプレトニョフが「ピアニストとしてのプレトニョフの時代はほぼ終わった」と自らが告げて、演奏活動を中断していたからである。そうして、厭世的な口調で隠遁を語りながら、プレトニョフは指揮と作曲に情熱を集中した。2012年夏、自ら創設したロシア・ナショナル管弦楽団を率いて来日した折にも、静かな口ぶりできっぱりとそう断定していた。
 しかし、2006年末から数年間続いていたピアニストのブレイクは、それからさほど経たないうちに破られた。カワイ楽器の新しいピアノとの出会いと技術陣の支援が、かのプレトニョフをして「この楽器ならば、音楽を弾ける。ピアノを弾いてみたいという気持ちが起きてきたのです」と言わしめたのだ。
 それから5年ほどが経つわけだが、直近では2016年にも来日公演を行い、モーツァルトとグリーグ、ラフマニノフやスクリャービンを聴かせた。ピアニスト=プレトニョフは、以前からの輝かしい知性や技巧を保つだけでなく、さらに内省的な深みを帯びた演奏で、ピアノとの和解、いやピアニストである自己との和解を、成熟の滋味をもって語っていた。もちろん、演奏で語られるのは作品の内実を鋭くみつめるプレトニョフのヴィジョンなのだが、豊潤な音とともに伝えられる情感の奥行きは、どことなく捉え難いこの人の才気と純粋さだけではなく、諦観も含めた人間味を滲ませるように響いてきた。
 この6月のプログラムは二様で、ベートーヴェンの中期に、晩年作を含むリストの深淵を組んだものを東京にて、愛奏するモーツァルトとベートーヴェン最後期を交互に弾くソナタ・プログラムを各地で披露する。どちらもヨーロッパで手応えを感じてきたプログラムというだけに、プレトニョフの綿密かつ大胆な解釈を聴くのに相応しい曲目だろう。リスト、モーツァルト、ベートーヴェンとも、以前に録音した曲もあり、手の内に入ったレパートリーとみられるが、だからこそいま、さらなる輝きと深みをもって響くのではないか。
 活動の中断を経て、ピアニストとしての新しい時代を踏み出し、さらにピアノを弾く喜びを改めて見出すプレトニョフの進境を聴くのにもってこいのリサイタルである。それは現代のピアノ演奏の到達点のひとつを示すものになるだろう。

青澤 隆明(音楽評論家)

▼画像をクリックするとチラシをPDFでご覧頂けます▼

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ロシアン・ピアニズムの巨匠 魔法の指が紡ぎ出すオーケストラの様な響き!
ミハイル・プレトニョフ ピアノ・リサイタル

2019年6月17日(月)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
公演詳細はこちらから

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