2014/9/26

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ベルリン放送交響楽団のオットーボイレン・コンサート

 ミュンヘンを中心とする南ドイツのバイエルン州、その南西部でオーストリアに国境を接するシュヴァーベン地方は緑ゆたかな森と耕地が、のびやかに広がる。ここのほぼ中央にあって、一帯を睥睨(へいげい)するかのように一際(ひときわ)目立つ壮麗なバロック教会、オットーボイレンのバジリカで、6月29日、ベルリン放送交響楽団(RSB)コンサートが開催された。

ベルリン放送交響楽団

 ユーロを発行している欧州中央銀行のマリオ・ドラギ総裁列席ということで、この小さな村落に集まった、州政財界人等を含む2000人の聴衆はそれぞれ威儀を正して、じつに晴れがましい式典であった。午後3時の開演に先立ち、司祭から英語によるドラギ総裁への歓迎の挨拶が述べられたのも、同地では異例のことだろう。
 “神の国”を具現するように高い天蓋、華麗な天井画、両脇の壁画に飾られた複雑なバロック様式の内部装飾による視覚、それにお香による嗅覚、さらに極めつきは音楽による聴覚によって人々は陶然となる、それが教会のセレモニーだ。
 当日の曲目はブルックナー畢生の大作、「交響曲第8番 ハ短調」(1890年版、1955年のノヴァック校訂版による演奏)で、2002年以来、RSBの芸術監督並びに首席指揮者を務めるマレク・ヤノフスキの指揮。

 現在75才になるヤノフスキは、フライブルクやドルトムントの歌劇場音楽監督ほか、ケルン・ゲルツェニッヒ管、フランス放送管、スイス・ロマンド管等の音楽監督、首席指揮者を歴任。年代的に、この前後の世代の指揮者に多い、ノイエザッハリヒカイト(新即物主義)の影響を多分に受けているヤノフスキは、過剰な思い入れを廃した、率直な解釈を基本とし、世界的に広範な支持を獲得してきた。
 2013年のワーグナー・イヤーを目処に、彼の舞台作品10作をRSBとCD録音するなど、精力的な活動を繰り広げるかたわら、ちょうど今年から「東京・春・音楽祭」にお
けるワーグナー『ニーベルングの指環・全四部作』のツィクルスがスタートして、我が国で話題になっているところでもある。

ベルリン放送交響楽団

 そのヤノフスキの定評あるブルクナー、しかも教会での演奏ということで、オットーボイレンのコンサートに内外の期待が集まっていたことは多言を要しない。
 音響的に教会はひじょうに癖が強く、また内部構造により、それぞれが大幅に異なって、ことにオーケストラによる演奏は困難を極める。祭壇が設置されている高いドームの下にオーケストラが位置するため、残響が極端に長いのが特徴だ。(例外として有名なのはベルリンのイエス・キリスト教会で、プロテスタントゆえ、まったく内部装飾のない、無愛想な納屋か倉庫のような会堂だが、音の抜けが抜群に良いため、カラヤンがベルリン・フィルとの録音会場に使っていたことで知られている)。
 長いキャリアを通して様々な経験を積み重ねているヤノフスキが、オットーボイレンのバジリカで、どのように対処するか。教会での演奏の常とはいえ、早い箇所では前の音が減衰せずに残ったままで、その上に次の音が重なるから響きは混濁し、つねに音楽を引きずって、フレーズの出だしのアタックがまるで効かない。だが、時間の経過とともに、このような悪環境を逆手に取った、むしろ教会ならではの本領を発揮してきたのだ。
 「第8番」、“アダージョ、祝祭的緩徐に”で、前述の重層的な音響が堂内を満たすにつれ、聴く者は全身が音楽に包まれている陶酔感に満ち、“神の国”に近づいたように恍惚たる表情を浮かべている。オルガンとともに生き、つねにオルガンの響きを念頭に作曲活動を続けたブルックナーの真意がここに具現された思いがする。長い至福の時間に浸った後、続くフィナーレでクライマックスを築くヤノフスキの手腕は熟練の極みと言うに尽きる。

 ほぼ80分に及ぶ演奏の後、教会における典礼の習慣で拍手は一切無し。鐘楼からの鐘の音が響き渡って、宗教的,並びに芸術的満足感に満たされた表情の人々は無言で教会を後にした。
 筆者にとっても、ミュンヘンから列車とタクシーを乗り継いで3時間ほどかかるロケーションであったにもかかわらず、日頃のようにコンサートホールで聴くブルックナーとは異なる、まさに作曲家が意図したであろう神秘的な音楽体験ができて、すこぶる充実感に満たされた日曜日の午後の一時(ひととき)であった。

山崎 睦(音楽ジャーナリスト/ウィーン在)

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ドイツ音楽の真髄を体現する円熟の名コンビ!!
マレク・ヤノフスキ芸術監督・首席指揮者 ベルリン放送交響楽団

2015年03月16日(月) 19時開演 サントリーホール
2015年03月18日(水) 19時開演 サントリーホール

ベルリン放送交響楽団

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