コンスタンチン・リフシッツ ピアノ・リサイタル

リフシッツ、ベートーヴェンの後期３大ソナタへの期待、孤独な探究者が見出したもの

　リフシッツはヴィルトゥオーゾというだけではない、本物の音楽を聴かせてくれる数少ないピアニストの一人だ。それを強く印象づけたのは、近年のバッハへの取り組みである。とりわけ、《音楽の捧げもの》や《フーガの技法》のＣＤ（ともにオルフェオ）や2012年2月に紀尾井ホールで行われた《フーガの技法》のリサイタルは、まさに瞠目すべき成果であった。そもそもコンサートでピアニストが《フーガの技法》を取り上げること自体珍しいが、それはこの対位法技法の粋ともいえる音楽において、集中力や演奏技術はもとより、知性や精神面で極めて高度なものが要求されるからだ。マルカート気味の柔らかなタッチで丁寧に声部を弾き分け、最後から2つ目のカノンのカデンツァでは即興的なパッセージを加える。未完のフーガは補筆完成させ、最後のコラールを弱音で始めるなど、ときにＣＤと異なる解釈を披露したが、総じてリフシッツの同曲に対する優れた洞察力と熱意、瑞々しい感性が大きく実を結んだ名演だった。そのアプローチは内面的だ。ステージ上のピアニストの姿には一人静かにバッハの広大な音楽世界へと分け入る孤独な探究者の趣があり、しかも無心に音楽に向かうことで、コンサートホールを典礼儀式にも似た空間に変えてしまうかのようだった。
　そんなリフシッツが、ベートーヴェンの最後の３つのソナタを弾くと聞いて首肯したのは筆者だけではないだろう。これらも作曲家の後期様式を反映して対位法的な要素が強く、超然とした精神性が示されるとともに凝縮された内容を備えた、究極の鍵盤音楽だからだ。そう考えると、あたかもリフシッツはバッハの宇宙の旅を続けているうちに、ベートーヴェンの作品１０９から１１１に到達したかのように思えてくる。ロシアンピアニズムの技と心を手にした孤独な探求者が、《フーガの技法》の先の惑星に見出した風景とは？それは、2月のＸデーに明らかとなる。

那須田務（音楽評論家）