クリスチャン・ツィメルマン ピアノ・リサイタル

シューベルトの最後のソナタ。
当代随一のピアニストからの何よりの贈り物

　クリスチャン・ツィメルマンは、改めて言うまでもなく、ドイツ＝オーストリアの音楽の真髄を余すところなく描き出す当代随一のピアニストである。その彼が、オール・シューベルトのリサイタルを開く。先年のリサイタルでの素晴らしいベートーヴェンに続く流れをも感じさせる取り組みである。
　去る6月後半、既に夏本番とは言え、些か肌寒い曇り空に覆われたベルリン。ツィメルマンは、フィルハーモニーでの演奏会に臨んでいた。シーズン締めくくり、S・ラトル率いるベルリン・フィルと共に彼が演奏したのは、ブラームスのニ短調の協奏曲だ。
ツィメルマンは彼らと同作品を録音している。既に十年余りも前のことだ。その後、彼はこのドイツ・ロマン派の大家の名曲を演奏しなくなった。楽曲成立の経緯からも、しばしばシンフォニーにも喩えられる大規模な協奏曲には、一方、室内楽にも比し得る緻密なアンサンブルが求められる。その理想を飽くまで追求することにこだわった結果の空白期間は、ある意味、極めてツィメルマンらしい。
その「封印」が解かれたのは、一昨年春のことだ。バーデン＝バーデン復活祭音楽祭、同じラトル＝ベルリン・フィルとの共演は、火花が飛び散るような熱さと奥行きが共存する名演だった。爾来、ツィメルマンは、東京をはじめ、世界各地で、この作品を再び折に触れて取り上げるようになった。
　そして、今年初夏のベルリン。圧倒的な演奏だった。バーデン＝バーデンでの緊張感から、さらに彼らの音楽は深化し、豊かな詩情が生まれていた。翌週にはロンドンに飛び、ラトルの振るロンドン響とも同作品を演奏、エクサンプロヴァンス音楽祭へのオケのツアーにも同行して、南仏に集ったファンを魅了した。
　彼の見事なブラームス、その至上の歌と構築性の源泉は、もちろん、ベートーヴェン、そして、今回、演奏されるシューベルトである。近年、ますますの充実を見せるツィメルマンが弾く最後の2つのソナタ、イ長調と変ロ長調、そして新発見の変奏曲を組み合わせたプログラムは、間違いなく、年明け、日本の聴衆への何よりの贈り物となるだろう。

岡部 真一郎（音楽評論家）