ハーゲン・クァルテット

名曲はいつも新しい
― ハーゲン・クァルテット不断の挑戦

　ハーゲン・クァルテットがザルツブルクで始まったのは1981年。
　ハーゲン家の兄弟姉妹4人がクァルテットを結成してから、今年で35年目になるわけだ。数年して第2ヴァイオリンがライナー・シュミットに落ち着き現在にいたるが、彼らはみなモーツァルテウム音楽院の出身で、モーツァルトを生んだかの地の音楽伝統を脈々と引き継いでいる。
　来日を重ねるたびに、ときどきの変容を鮮やかに聴かせてきたハーゲン・クァルテットにしかし、温かで安穏とした円熟といった趣はない。つねに挑戦的な姿勢で、その折々の真実を探求してきた彼らの軌跡は、それこそ生々しい変節を表情豊かに歌い上げてきた。
　そうして、ウィーンのアルバン・ベルク・クァルテットが長い歴史を終えたいま、多くの後発グループもひしめき合うなかで、自らに気負うところはないとしても、長年の経験を生き抜くハーゲン・クァルテットはさらに貴重な存在とみられるようになった。しかも彼らの演奏は、いかにも現代ふうの精確なアンサンブルとはまた違って、独自の主張を展開しながら生きた探求の歩みを率直な身上としてきたのである。
　ハーゲン・クァルテットの始まりは、川崎がザルツブルクと友好都市になるよりも、昨年10周年を迎えたミューザ川崎のオープンよりも、ずっと早い。けれど、彼らの演奏はいつも、そのときどきに新しい。ハーゲン・クァルテットの4声は、各部のバランスや関係を大きく変容させながら、不思議な魅力のある生命体のように歩んできた。
　2013年にベートーヴェンの四重奏曲チクルスを完遂した彼らは、このシーズンはモーツァルトに立ち返って後期10曲のチクルスを展開する。ハイドンのハ長調に始まり、モーツァルトの「プロシア王 第1番」、ベートーヴェンの第14番という2人の最晩年の作品を合わせた構成は、この川崎公演のために彼らが特別に組んだプログラムだという。
　ウィーンで亡くなった3人の偉才が生んだ独創的な果実が、響きが細部まで克明に聴きとれるミューザ川崎の、しかも客席にきれいに囲まれた親密な熱気のなかで、どのような精神と呼吸をいまにしていくのか。クァルテットの生き生きとしたコミュニケーションの現場に、聴き手として加わる喜びを持っていることだろう。実りの秋が待ち遠しい。

青澤 隆明