2026/2/27
ニュース
ヴィンセント・オン 来日インタビュー!
マレーシア人ピアニストとして初のショパン国際ピアノコンクール上位入賞という歴史的快挙を成し遂げたヴィンセント・オン氏。ペナン出身で、兄の影響で4歳の時に家にあったキーボードに触れ、音楽の楽しさに目覚めた。ペナンのピアノ教育は「趣味」の域を出ないものであったが、オンにとっては音楽が唯一没頭できるものとなり、プロへの道を歩んだ。コンクール入賞から3ヶ月、初来日となった2月5日の浜離宮朝日ホールでのデビューリサイタルはWEB告知後、チケットは即完売。満席で静まりかえった聴衆の期待に応えるように、オンは唯一無二の音色を紡ぎ、鳴り止まないブラボーと喝采に4曲のアンコールで応えた。その華やかなステージの舞台裏、内面的な葛藤、そして音楽観の核心に至るまでを伺った。
取材・文:飯田有抄(クラシック音楽ファシリテーター)
-まずは入賞おめでとうございます。マレーシア初の快挙となりましたが、受賞が決まった瞬間、そして3ヶ月が経った今の率直な思いをお聞かせください。
オン:発表を待つ時間は、4〜5時間と長く過酷でした。大勢のメディアが詰めかけていて緊張もありましたが、「やっと終わった」という安堵感もありました。ファイナルに進めただけで感謝の気持ちでいっぱいだったので、自分の名前を呼ばれた瞬間は、驚きと共に「わあっ、入賞できた」という純粋な喜びがありました。
-コンクールという極限の状況下で、どのように精神的な安定を保っていたのでしょうか。
オン:実は、第1ラウンドは極度の緊張の中にあり、演奏後についネット上のレビューを見てしまったんです。良い感想もあれば、当然厳しい意見もあります。残念ながら、心に残ってしまうのは悪いレビューの方でした。そこで気づいたのは、自分の中に肥大化したエゴがあるということでした。「私は素晴らしいピアニストだ、それを見せてやる」というプライドがあるから、批判に傷ついてしまう。
だから、第2ラウンドのステージに上がる前、私はその「エゴ」をバックステージに置いていこうと決めました。「自分が誰であるかは関係ない、ただこの素晴らしい音楽を聴いてほしい」。そう願って「音楽に語らせる」ことに集中したとき、自由に表現することができたのです。
-コンクールから3ヶ月。生活は一変したと思いますが、現在はどのような心境ですか?
オン:まだ新しい環境に順応しようとしている最中です。キャリアの大きな転換期にあり、レパートリーの選定や演奏会の頻度など、手探りで決断を下さなければならない学びのプロセスにいます。
私は本来、問題を一人で抱え込みがちなタイプで、人に打ち明けるのが苦手です。でも、忙しさの中で精神的なバランスを保つには、友人と話し、感情を溜め込まないことが大切だと実感しています。少し名が知られるようになっても、人間としての核となる部分は変わらずにいたいと思っています。
-オンさんは2024年にシューマン国際コンクールでも優勝されています。シューマンとショパン、同じ年に生まれたこの二人の作曲家をどう捉えていますか?
オン:実を言うと、私はショパンよりシューマン寄りのピアニストかもしれません。シューマンの音楽には、キャラクターが激しく入れ替わる「狂気」やファンタジーがあります。例えば『フモレスケ』の楽譜には、実際には弾かない「内なる声」と記された旋律が書かれています。こうした特異な精神性はショパンにはないものです。
一方で、シューマンを深く学んだことは、ショパンを弾く上での「自由」や「想像力」に役立ちました。ショパンはよく「エレガントで貴族的」と形容されますが、実際には非常にドラマティックで、時には激しい感情を極限まで引き伸ばす極端さを持っています。そうしたショパンのドラマ性を、シューマンのファンタジーを経て、表現できたと感じています。
-ワルシャワでの演奏では、シゲル・カワイのピアノから引き出される深い響き、光と影のようなコントラストも印象的でした。
オン:それは計画性と即興性の融合から生まれるものです。大きな構造は事前に計画しますが、細部はステージ上の瞬間に、その場の空気や聴衆とのコミュニケーション、ホールの響きに反応して変えていきます。練習室でやったことを再現するだけでは不十分です。今鳴っている音を聴き、その瞬間に集中し切ることで、聴衆を引き込む魔法のような時間が生まれるのだと信じています。

-マレーシアではペナンからクアラルンプールまで、名教師であるチョンリム先生のもとに通われたそうですね。現在はベルリンのハンス・アイスラー音楽大学でネボルシン先生に師事されています。先生たちから受けた影響について教えてください。
オン:チョンリム先生からは、音楽の技術だけでなく、コンサートホールでの演奏法など、実践的なスキルを多く学びました。先生が多くの課題を与えてくださったおかげで、短時間でレパートリーを習得する能力が身につきました。何より、先生の純粋な心と、社会福祉活動にも携わる献身的な姿勢には、人間として大きな影響を受けています。
現在の師であるネボルシン先生からは、コンクールに向けた戦略的な練習計画を教わりました。各ラウンドの曲をどうサイクルさせていくかという具体的なアドバイスは、非常に参考になりましたね。
-今後、取り組んでいきたいレパートリーや、音楽家としてのビジョンはありますか?
オン:ウィーン古典派、そしてプロコフィエフやラフマニノフといったロシアの近現代、さらにバルトークにも興味があります。現代音楽の探求も進めたいですね。正直なところ、数年後の自分さえ想像がつかないのですが、ただ、常にその瞬間の音楽に誠実であり続けたい、それだけを願っています。
《公演情報》
ショパンコンクールで一躍話題!マレーシアから突如現れた異才
ヴィンセント・オン ピアノ・リサイタル
2026年7月13日(月) 東京オペラシティ コンサートホール
2026年7月14日(火) 東京オペラシティ コンサートホール
2026年7月16日(木) ザ・シンフォニーホール
2026年7月17日(金) 電気文化会館
2026年7月19日(日) FFGホール
https://www.japanarts.co.jp/concert/p2211/
◆第19回 ショパン国際ピアノ・コンクール 2025特設サイトはこちら
⇒ https://chopin.japanarts.jp/index.html







