2025/6/19

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《小泉八雲の『怪談』によるバラード Ⅱ Op.127》初演に寄せて― ペール・ヘンリク・ノルドグレン(2004年)

ノルドグレン:小泉八雲の『怪談』によるバラードII(2004)
振袖火事・衝立の女・忠五郎の話
Pehr Henrik Nordgren: Koizumi Yakumo “Kwaidan” Ballad II
Furisodekaji, Tsuitate-no-onna, Chugoro-no-hanashi

 私は1970年から73年まで、日本の文部省の給費を受けて日本に留学していた。始めの半年は大阪芸大で日本語を学び、その後は東京芸術大学で作曲を学んだ。1964年からヘルシンキに住んでいた舘野泉とは、日本に出発する前から既に面識があり、日本に来てからは彼の演奏旅行に何度も同行した。72年に大阪での演奏会に行く新幹線の中で、舘野からピアノ曲を書いてほしいと依頼された。

私はピアノを学んだこともなく、ピアノ曲を書いた経験もなかったため自信がなく、最初は断っていた。しかし、食堂車で何杯も酒杯を重ねるうちに挑戦してみようと思い直した。未知のピアノ曲を書くことは私にとって大きな挑戦だった。

間もなく「耳なし芳一」が誕生した。この最初のピアノ曲を書いている時に、偶然ラフカディオ・ハーンの『日本の怪談』を読んでいた。盲目の琵琶法師の物語は強烈な印象を与え、私が表現したかった情感に通じるものを感じた。こうして、後に『10曲の怪談バラード集』として完成する第一曲が生まれた。

次のバラード「おしどり」は76年に舘野の依頼で書いた。その後「無間鍵」「お貞」「むじな」「雪女」「ろくろ首」が誕生し、77年春に大阪で家族と3ヶ月滞在した際に「安芸之介の夢」「食人鬼」「十六桜」を書き加えた。これらは舘野によって録音され、全音楽譜から出版された。

舘野はこれらの作品を日本、フィンランド、他国で数え切れないほど演奏してくれた。オランダのマーストリヒト音楽院の生徒たちがワークショップとCD化を行い、私もその場に立ち会ったことは忘れがたい思い出だ。シベリウス・アカデミーで学んだ日本のピアニスト、飯田佐恵は、『怪談』全曲を博士論文のテーマとし、演奏も行った。

ピアノ曲を書くことは舘野なしでは考えられなかった。1975年に彼のために作曲した「ピアノ協奏曲 Op.23」は、フィンランド放送の委嘱で、同年4月に初演された。舘野はこの作品を東京や札幌でも演奏している。

さらに、オウルンサロ音楽祭で舘野の依頼により「ピアノ協奏曲第2番 Op.112」を作曲し、2001年に初演された。さらに、私の新作「左手のためのピアノ協奏曲」が2005年に愛知万博で初演され、その後東京と福島県原町市でも演奏される予定である。

室内楽でも舘野は多大な功績を遺した。私の「ピアノ・トリオ Op.49」やチェロとピアノの「As in a Dream」も広く演奏された。

今回の日本での復帰リサイタルに際し、舘野は新しい『怪談』の左手用ピアノ曲を希望した。ちょうどその頃、ユハニ・ロンポロ翻訳のラフカディオ・ハーンの怪談集に出会い、私の知らなかった話をいくつか見つけた。その中から「振袖火事」「衝立の女」「足軽 忠五郎」の3編を選び、それぞれが不思議で謎めいた物語であり、3つを結ぶテーマは「恋情」である。

 舘野とともに音楽の道を辿ることは、私の作曲家としての人生に計り知れない貴重なものを与えてくれた。はじめて日本に行く以前から、彼の演奏に強く惹かれていたが、一緒に仕事を重ねるたびに、その演奏の深く、大きな個性に傾倒していった。新しい作品に触れる時、彼はまったく先入観に捉われず、その解釈には稀に見る自然さと大らかさが支配していた。私の作品では、その大切な要素である叙情的&劇的な性質と、完全に一体となっているようであった。1972年、仙台での《耳なし芳一》の初演をいまだに忘れることが出来ない。彼の演奏はこの地上的なものからまったく離れて浮遊しているようだった。
彼はピアノ曲の第一歩に大きな励ましを与え、以後の創作に迷いなく立ち向かう力をくれたのである。            

ペール・ヘンリック・ノルドグレン
(2004年5月のプログラムより転載)


舘野泉 卒寿記念コンサート 2025

彼の音楽を彼が弾く
奇跡のピアニスト
舘野泉 卒寿記念コンサート
https://www.japanarts.co.jp/concert/p2141/
[日時] 2025年11月2日(日) 14:00
[会場] サントリーホール
[プログラム]
マグヌッソン:組曲「アイスランドの風景」 (2013) ♪
 Ⅰ 東部の小川の滝
 Ⅱ 鳥の目から見た高地
 Ⅲ オーロラの舞
 Ⅳ うららかなひと時、夏至の深夜の煌々と明るい夜に
 Ⅴ 大河ラーガルフリョゥトのほとりを歩く
ノルドグレン:小泉八雲の『怪談』によるバラードⅡ (2004)
 振袖火事・衝立の女・忠五郎の話
ティエンスー:復活 (2013) ♪
エスカンデ:奔放なカプリッチョ ~ピアノと管楽器のための (2023) ♪ ★

♪「舘野泉左手の文庫」助成による委嘱作品

【共演者 ★】
平石章人 (指揮)、甲斐雅之 (フルート)、辻本憲一 (トランペット)、伊藤駿(トランペット)、新田幹男 (トロンボーン)、ザッカリー・ガイルス (トロンボーン)、野々下興一 (バストロンボーン)、齋藤充 (ユーフォニアム)

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