2014/1/14

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グザヴィエ・ドゥ・メストレに聞く<2>

グザヴィエ・ドゥ・メストレに聞く<1>はこちらから

メストレ

Q:現在、演奏者としてだけでなく、編曲者としても多くのお仕事をなさっています。この「編曲」という仕事・・・始めたきっかけは何だったのですか? ご自分でやりたい、と思われたのか、それとも要請があってのことでしょうか?
XDM:それは、両方ありますね。まず、私を魅了する楽曲はたくさんあります。しかし、作曲家がそれらをハープ用に書いていないことが多く・・・ですから、今回モイツァと一緒に日本で演奏する曲もそうなのですが、たしかに少し、アレンジをしましたよ。たとえばシュトラウスの書いた曲にハープ用のものは一曲もありません。シューマンもメンデルスゾーンもですが、彼らは、まずハープ演奏用の曲目をほとんど残していないのです。大好きな作曲家である彼らの作品を「弾きたい!」という熱意から、そもそもハープ用ではないものに、おそれながら少し手を加えて演奏しているわけです。
さらに全般的な話をしますが、アレンジが「必要である」という根拠もあります。そもそも、クラシックのレパートリーで「ハープのための」と題された楽曲は、悲しい哉、非常に少ないです。あることはあるのですが、広くは知られておらず、ハープ曲を得意とした作曲家はどちらかというと知名度が低かったりします。そのような背景をふまえて、観客に強くアピールをし、演目もつねに新しいものを、と試みるならば、必然的に絶え間ないリサーチをして作品を掘り起こし、そこに、新鮮な文脈を与えなければなりません。「これこそがグザヴィエ・ドゥ・メストレだ。」というスタイルが生まれるでしょうし、これまですでに練習を重ねた曲目を十年一日のごとく繰り返すだけではダメなんですね。私の性格はもう、ひたすら好奇心が強くて、一つを完成させたらすぐに次のステップに進みたい人間なんですよ、まだ知られていないものはどれだろう、これを聴かせたらお客さんが喜ぶだろうか・・・と、つねに作品探しをしています。私の楽器であるハープを用いて、そして絶え間なく、その驚きを実現させたいんです。ただ未紹介の曲を披露するというだけでなく、そこに、私ならではの色、斬新な演奏法を重ねることができれば、みなさんの発見の喜びも倍加するでしょう。

Q:今回のプログラムには、モーツァルトのピアノ・ソナタ第15番ハ長調、そしてスメタナの「モルダウ」も入っています。「モルダウ」はすでに日本で披露済みかと記憶しますが、モーツァルトは初めてですよね?
XDM:はい、そうです。スメタナはすでに演奏したことがありますが、モーツァルトは日本では初めて演奏いたします。

Q:メストレさんによるこれらの編曲は、まったく最初からご自分で筆を入れられるのでしょうか、それとも、ある程度他の手が入ったハープ譜がすでに存在して、それにさらに手直しをされるのですか?
XDM:いろいろなケースがあります。まず、声楽曲の場合に戻りますが、これはピアノ伴奏譜をハープでそのまま追えば、ほとんどの場合問題がありません。ですからアレンジ、と言っても微少で、「作業をした」というほどの言及には至りません。具体的にピアノとハープの場合で違ってくるのは、ペダル指示の箇所なのですが、そこはハープ向きに変えるにしても、原音譜に手を加えることはしません。つぎにモーツァルトのピアノ・ソナタについてですが、これもピアノ譜をそのままハープ演奏が可能です。編曲らしい編曲という話ですと「モルダウ」ですが・・・これはもとはオーケストラ譜面ですから。じつはこのハープ譜面はすでに存在していました。20世紀初頭のチェコ人の作曲家がすでに作っていたもので、とてもよい編曲です。ですから「モルダウ」は、私より先にアレンジを試みた先人がいたわけです。私自身が編曲の仕事をした、ということになりますと、ヴェネチアの作曲家、ヴィヴァルディの楽曲を集めて構成したプログラムがありますが、これですね。この演目作成にあたっては、本来ヴァイオリンのパートを、ハーモニーを崩さないでハープ用に書き換えるという作業が必要でした。これは、骨の折れる作業でしたよ。でも、この仕事でさらに自信がつきました。自分が最初から手を入れて、ハープ用のアレンジを完成させることができる、という・・・それも、ただ「変える」だけではなくて、音楽としてきちんとアピールのあるものにできる、という。さらに研鑽していきたいです。

Q:ひとくちに「編曲」と言っても、いろいろなケースがあるということですね。
XDM:ええ、そうなんです。概して、ピアノ曲はそれほどアレンジの必要はなく、反対にヴァイオリンの曲には多くの工夫が必要です。ヴァイオリンは主旋律を奏でる楽器ですので音の数が少ないためです。ハーモニーを崩してはいけないのですが、でも、音符の構成に手を加えなければならないからです。その点、ピアノ譜面ならば、ほぼ原曲のとおりにハープを鳴らしても大丈夫なのです。

Q:もはや世界の第一線で活躍されているメストレさんですけれども、ご自身、憧れているアーティストがいましたら、ぜひだれなのか教えてください。

XDM:私がお手本としている人は、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ氏です。彼が成し遂げたのは「チェロという楽器を広く世間に知らしめる」という仕事でした・・・チェロという楽器に命を吹き込んだのです。トランペット奏者のモーリス・アンドレ氏にも憧れましたね。彼らの名前は、演奏した楽器の代名詞にまでなり、曲目を世間に知らしめ、音楽ファンの間にブームさえ巻き起こしました。私も、彼らに倣いたいのです。もちろん、自分にできる範囲でですが・・・ロストロポーヴィチ氏の偉業になど、そう簡単には追いつけないですからね。でも、知られていない楽曲を開拓する、つくる、という作業は、私もぜひやりたいのです。好奇心、新しいものを見つけたいという切望が、私たちを進歩させてくれます。私自身もやっと知名度が上がってきて、「こんなのはどうだろう。」という提案に周りが耳を傾けてくれるまでになりました。だからこそ、自分の役割として、いま、作曲家とも組んで創作をしたいのです。今シーズンの終わりにはクシシュトフ・ペンデレツキ(Krzystof Penderecki)氏のコンチェルトの演奏を予定していますし、カイヤ・サーリアホ(Kaija Saariaho)氏の作品も今後数年のうちに披露したいと思っています。そんな活動が自分には課されていると実感しますし、ぜひ、現代の作曲家たちを鼓舞したいのです。そうやって可能性を共有し、限界を目指し、超えて、私の愛する楽器の未来へと繋げてゆきたいです。

Q:クラシック以外の音楽もお聴きになりますか、ジャズとか、ポップスとか?
XDM:(厳然と)いいえ、聴きません!(と、言い切ったあとにじつは大爆笑)。いやあ、いろいろ聴きたいですけれどね、毎日、これだけクラシック音楽の仕事をしているでしょう、もう、一日が終わると、ただ静か~にしていたいんですよ(笑)。

Q:失礼しました! でも、先ほどのお話ですと、オペラはお聴きになるのですよね?
XDM:ええ、ええ。ただ、聞き方がありまして。いまは、地元ではほとんど見ません。たとえばウィーンに行く機会があったり、パリに出かけるときなどもそうで、バスティーユの席があるからよければ聴きにこないかい、など、知人が誘ってくださったりとかですね、そんなふうに、仕事の合間の時間をやりくりして限られた条件で見ています。そんな場合でも、出演している歌手の声をぜひ一度、実際に聴いてみたかった、とか、演出に興味があったとかでなければ、スルーしてしまいます。すごく、選んで聴くのです。
ほかに・・・そうですね、キューバの音楽で好きなものがあります・・・ゴタン・プロジェクト(Gotan Project)ですとか、Omara Portuandoなどのアーティスト、彼らの活動には心惹かれるものを感じます。ですが、私の場合は、余暇時間にジャンルを問わず聞き流す、というスタイルではないですね。やはり、自由な時間があるときには、まずは頭をいったん空っぽにして、静かにしていたいですね。

Q:今後のご予定で、ご自身で重要とお考えのものを、ひとつかふたつ、教えていただけますか。
XDM:先ほども触れましたが、今シーズンにはいくつか重要な仕事が控えています。まず、モーツァルトのアルバム発売にあたって、ピアノ協奏曲第19番を初めてハープによって演奏しています。そして、アカデミー室内管弦楽団(アカデミー・オブ・セントマーティン・イン・ザ・フィールズ)との長期ツアーを控えています。欧州4カ国をまわり(ドイツ、スイス、オーストリア、スロヴェニア)16回のコンサートを行い、プログラムに上記のピアノ協奏曲が含まれています。この挑戦が今シーズンの準備のためにいちばん力を注いだものです。例年のシーズン前の準備にくらべ、今年はそんなわけで大変でした。みなさんの待つ日本では、NHK交響楽団との共演でやはりこの協奏曲を披露させていただきます。とても楽しみにしています。これだけ時間をかけ、心血をそそいで練習した成果をみなさんに聴いていただけると思うと・・・ザルツブルグ・モーツァルテウム管弦楽団と収録したCDの出来映えにもとても満足しているんです。自分が心にあたためていたアイディアが、ひとつの形に集結したと思うと胸がいっぱいです。

Q:モーツァルトに専心するシーズンになりそうですね。他には、なにか?
XDM:他には・・・先ほども申しましたが、・・・これはまだすこし先の話ですが、シーズンの終盤に大きな仕事がひとつ・・・パリ管弦楽団との共演で、ペンデレツキ氏の新作コンチェルトをプレイエル・ホールで発表する予定です。まだ譜面を受けとっていませんが、彼がどのように書いてくださるのか、非常に興味を感じています。すぐれた作品に仕上がると思います、それを自分が将来、繰り返し演奏することで、ハープのレパートリーが大きく広がるよう、願っているのです。私は、音楽性が自分にマッチする作曲家たちに、ハープという楽器の特性を生かした曲を作ってはどうかと提案し続けています。2016年に発表する予定で、カイヤ・サーリアホ氏とのコラボレーションも進んでいます。ハープのためのコンチェルトという案を快く受け入れてくださいました。この仕事は、今後数年のひとつのハイライトとなるでしょう。

Q:最後の質問です。すでに日本にも何回かいらっしゃっていて、桐朋学園で教えてもいらっしゃると伺いましたが・・・
XDM:あ、その情報ですが、私のバイオグラフィーをご覧になってのことですよね? 誤解のないようにここで訂正しておきますけれども、過去、桐朋学園から、2回のシリーズでマスタークラスを担当してほしいというご要請をうけ、それにお応えしたことがあります。でも、レギュラーな講師として教えているわけではないのです。

Q:そうでしたか。ですがいずれにしても、短い時間でもメストレさんから直接教えていただけることは、日本の若い音楽家にとっては貴重な機会です。今後もあなたの姿をみて、自分もハープを習いたい、と思う日本の子どもたちが増えてくると思うのですが・・・
XDM:そうなれば、こんなに嬉しいことはないですね!

Q:そのような、これからハープを習うという小さい子どもたちに、もし、大原則としてこれだけは覚えておきなさい、ということをおっしゃるとしたら、なんとおっしゃいますか?
XDM: 「自分の音を聴く」、これに尽きます。ひたすら聴きなさい、それがすべてなんです。「初歩の初歩」という時期からこの原則は同じです。みなさんついつい、とくに初心の頃というのは、弾くほうの練習に熱心になりがちですが、早いうちから自分の音を「聴く」ことを習慣化することです。まず自分が自分の先生になり、いつも音を検証するようにくせをつけるんです。私にも7歳になる娘がいるのですが、最近ヴァイオリンとピアノを習い始めました。彼女が練習を始めると私はすぐ、「ちょっと待って、聴いて! そこ、聴いて、ほら! どうなっている?」と言っていますよ。そういう視点を持つのに早すぎると言うことはありません、子どものうちからそうするべきなんです。自分自身を正す先生に自分がなるのです。なぜかと言いますと、そうやって耳で検証する作業を通じて判断力に自信がつくからです。聴くという視点を持たずに、ただアウトプットで弾くだけの演奏家は、技術が安定しません。ああ、ここは自分でも満足できる良い音だ、と思うときは、どうしてなのか。反対になんできれいな音にならないか。どうしてさっきと同じように弾けないのか、いつも同じ音色が出せないのか。そういう疑問を、自分の耳で聞いて結果を判断できるようになることで、安定した奏法が身につくのです。どうぞみなさん、ご自分の音をよく聴いてみてください。

Q:メストレさん、今日は、貴重な情報をたくさんお話いただき、ほんとうにありがとうございました。
XDM:こちらこそ感謝申し上げます。それではみなさん、4月にお目にかかりましょう。

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ハープと歌で織り成す天上の調べ
モイツァ・エルトマン(ソプラノ) & グザヴィエ・ドゥ・メストレ(ハープ) デュオ・リサイタル

2014年04月30日(水) 19時開演 東京オペラシティ コンサートホール

モイツァ・エルトマン

公演の詳細はこちらから

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