2019/3/4

ニュース

  • Facebookでシェア
  • Twitterでツイート
  • noteで書く

中野翔太&阪田知樹インタビュー? ~ 中野翔太・松永貴志・阪田知樹 ピアノ・トリオ・スペクタクル

3月8日の「中野翔太・松永貴志・阪田知樹 ピアノ・トリオ・スペクタクル」に出演するピアニスト中野翔太&阪田知樹のインタビュー第2弾をお届けいたします。中野「阪田さんが作曲を始めたきっかけは?」
阪田「僕が5~6歳の時に、いきなり夜中に起き出して、母に『五線紙をちょうだい』と言ったそうなんです。そういうことが1度ではなく何度か続いたとか。ピアノを弾くだけではなく、ちゃんと勉強しようと思い始めたのは中高生の時でした。作曲は、専門的に大学とかで習ったわけではなく、個人的に作曲の先生のところを訪ねて勉強しました。僕は、基本的には頭の中で作曲します。そのほうが、自分が書きたいものが出せる気がするので。ピアニストには、手癖というものがどうしてもあります。ピアノを使いながらピアノ・ソロを書いたりすると、その結果、自分の癖が曲に反映されてしまい、『またこのフレーズ書いちゃった』ということにもなりやすい。そうならないように、極力頭の中で作曲するというプロセスを踏んでいます。逆に言えば、僕の曲の特徴は、(自分の癖を反映していないから)自分で弾きにくいということ(笑)。ちゃんと練習しないと自分の曲は弾けないんです。ただそれは面白いことですよね。その分、自分が本当に表現したいことを書けているということですから。」

中野さんが作曲を始められたきっかけは?

中野「僕の場合は、母がピアノをやっていたので、よくピアノで遊ぶ環境にはありました。でも、作曲はそんなに早くから始めておらず、ジュリアード音楽院の音楽理論の授業で行われた自作の作曲コンペで発表したのが初めてです。自分で弾きながら書いたピアノ・ソロでした。その時に賞を頂いて、作曲って面白いなと思い、それから時間を見つけて書くようになりました。ジュリアードの大学院にあった作曲の授業は、残念ながら定員オーバーで履修が叶わなかったので、独学での勉強でした。でも阪田さんみたいに、個人的に先生を見つけて教わるというのも良いですね。」
阪田「客観的な意見を頂けるのは良いですね。一言、二言のアドバイスが、自分の中に残り、それを自分で咀嚼して表出してくるわけです。コンサートでも同じですが、お客様が『良かったよ』という一言だけでなく『こういう感じでした』とさりげなく言って下さった一言が、自分の頭に残り、次の演奏に影響を与えることもありますし。」
阪田「僕は、ピアノ・ソロはあまり書いていません。それは、自分で弾くと、『こうに決まっている』という考えが、つい演奏に反映されてしまうからです。違う楽器とのコラボレーションなら、自分が書いたものを、自分が意図したものとは違った風に捉えて弾いて下さるので、そういったことが楽しいんですよね。組み合わせで何かが生まれるコラボレーションが好きで、特に弦楽器との曲が好きですね。」
中野「それ、僕もよくわかります。最近、ピアノとソプラノサックスの曲を書いて演奏したのですが、自分が思い描いていた音とは全然違う音でサックスが奏でられて、その演奏家の方の音楽が出てくるというのが、とても面白かったです。自分では思いつかなかった音楽になりました。」
阪田「やっぱり作品というのは、自分たちが思っている以上に生き物なんだなと思います。楽譜があったら永久不滅って思いがちですが、全然違う。時間の経過と共に成長して変化していくものだとも言えるわけですし。」
中野「確かに、作曲を始めてから、ショパンやベートーヴェンの楽譜への向き合い方が変わってきました。作曲者の意図を表現しなければならないと感じると同時に、そこから先の、楽譜に書かれていない部分を表現するのが演奏者。そのバランスが難しいんです。」

とても興味深いお話です。では、具体的にどのようなバランスがあり得るのでしょう?

阪田「いつも思うのは、例えば、ショパン、ベートーヴェン、バッハのような人たちの作品は、これまで多くの方々が弾き、多くの方々が聴いています。そこには、ある種の固定観念が生まれているのですが、楽譜を読みながら研究していると、案外、その固定観念というものが、作曲家本人が楽譜を通して求めている音楽と乖離してしまっていることが多いと思うことがあります。ここからが難しいお話なのですが、ではそもそも、原典版といわれる楽譜が本当に正しいのでしょうか。ショパンの場合、自筆譜は3つ存在します。印刷技術の問題で、イギリス、フランス、ドイツ、のそれぞれの出版社に別々に自筆譜を送ったために、原典版といわれる楽譜が3つ完成したのです。しかも、元々の自筆譜はもちろん手書きだったので、3つがそもそも同じものだったかもわからない。その場合、どれが正しいんだ!?というお話になりますね。楽譜自体がどこまで正しいかわからない以上、僕たちは、行間を読みながら、こういう意味なんじゃないか?と理解していく必要がありますが、ショパンがこう考えたんじゃないか?というのを大事にすると同時に、でも、それがやっぱり絶対的に正しいかはわからないんです。楽譜から、空気中に音が奏でられるまでの間に、介在人として存在するのが演奏者であり、それが“音楽”です。したがって、ショパンが書いた本当の姿と、実際に奏でられている音楽というのは、永久にイコールになり得ない、というのが僕の考えです。」
中野「僕はジュリアード音楽院留学時代にニューヨークでジャズに出会いました。こんなに自由な表現が許される音楽があるのか?と思いジャズを始めたんです。でも段々と、クラシック音楽の中にある自由というものを感じるようになっていきました。楽譜から音楽を読み取り自分のものにしていくというプロセスに、自由を見出せるようになったのです。クラシックに対する意欲が沸きましたね。ジャズは、自由に演奏できると思われがちですが、意外とテンポのことなどで束縛があり、思っているほどの自由度はありません。両方の良いところを融合させて音楽が出来ると面白いのですが、まさにそれを実現したのがガーシュイン。彼は38歳で亡くなってしまいましたが、もっと長生きをしていたら、もっとすごい境地の作品を残してくれたのではないかと思います。」

ガーシュインの名前が出てきましたが、ガーシュインは、分類するとしたら、クラシックの人なのでしょうか、ジャズの人なのでしょうか。

中野「ジャズです。クラシックに強い憧れを抱き、ラヴェルに会いに行ったこともあったそうです。でもそこで、二流のラヴェルになるくらいなら、一流のガーシュインでいなさい、と言われたらしく、クラシックは独学で勉強したそうです。《ラプソディー・イン・ブルー》は、作曲当事は自らオーケストレーションが出来なったので、2台ピアノ用に書いています。」
阪田「ガーシュインは、まさに黎明期のジャズの人。ジョップリンのラグタイムが代表するように、ジャズはもっとシンプルでした。そんなシンプルなジャズに、クラシックを掛け合わせたのがガーシュイン。僕は《アイ・ガット・リズム》が、ガーシュインの本質だと思います。《ラプソディー・イン・ブルー》は、彼の本質から見れば、クラシック寄りの作品かなと。よくガーシュインは、クラシックとジャズの融合と言いますが、僕の中では、ジャズをクラシカルなスタイルに昇華させた、という印象です。」
いかがでしたか?
コンサートの最後に演奏される《ラプソディー・イン・ブルー》に、否が応でも期待が高まります。中野翔太、阪田知樹に松永貴志が加わったピアニスト・トリオの公演をお楽しみに!
今回も、出演者のサイン入りカファレルチョコレート缶を限定販売するほか、お待ちの時間にお楽しみいただける恒例の「今日のおやつ」をバーコーナーにご用意し、皆さまのご来場をお待ちしております。

中野翔太&阪田知樹インタビュー?はこちら
————————————
若きヴィルトゥオーゾ3人のピアニズムが舞台の上で迸る
中野翔太・松永貴志・阪田知樹 ピアノ・トリオ・スペクタクル
2019年3月8日(金) 13:30東京オペラシティ コンサートホール
公演の詳細はこちらから

ページ上部へ