2018/7/27

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湯山玲子氏が観たブルガリア国立歌劇場~カルメン 後半

『カルメンCarmen』はビゼー、『トゥーランドットTorandot』はプッチーニという稀代のメロディ&和声メーカーの響きは、まさにこの歌劇場によって、再認識させられることは間違いない。感情を使わず、メロディーに声自身を同化していくがごとくのその音響の豊かさに心を掴まれた。 『カルメンCarmen』に関してのもうひとつの「ブルガリア的」は、思い切った演出意図にて、群衆に仮面をつけさせているところ。演出のモチーフとなったギリシャ悲劇のコロスを思い起こさせる「顔のない群衆」表現だが、実はギリシャとブルガリアとは国境を挟んだ隣国であり、ブルガリア文化のDNAには、ギリシャ文化というものがしっかりと根を張っていることを忘れてはならない。ちなみに、ホメロスの『オデッセイア』にはブルガリアの先住民族トラキア人の記述がある。そして、21世紀の歴史的大発見と言われる「トラキア王の黄金の仮面」は、ブルガリア観光の最大の目玉だったりもする。もうひとつ、仮面に関しては、以下のような「深読み」もできる。なぜなら、トルコに500年も支配され、その後、ソ連の衛星国家になるなど、いつも外からの圧政者に「仮面」をつけて生き延びてきた存在が、何を隠そうブルガリア国民だったのだから。 舞台中央の真紅の円形ステージは、カルメン、ドン・ホセ、ミカエラだけがそこに立入ることを許されている。白いマスクに黒服の「顔のない群衆」は、通常の演出では、それぞれの装いと表情を持ち、ジプシーの猥雑感を表現するのにひと役買うわけだが、今回の演出はそれとは真逆。お約束のスペイン舞踊は、まるでラスベガスのショー並のグリッターでゴージャスな衣装でのラインダンスに集約されていて、これまた猥雑から非常に距離をとったクールな味わいで、ギリシャ神話のコロスのような白マスク集団との対比は、フェリーニを思い出させるミックスアップだ。 もはや「新しいことは何も無い」という表現における不都合な真実の前に重要なのは、実際の舞台から伝わる『カルメンCarmen』の本質は何か?ということだ。結果、このブルガリア国立歌劇場によるオペラ『カルメンCarmen』は、単なる恋愛好きの奔放女の顛末だけでは決してない、現代にも通じる「女の自由とそれを阻む文化」や、「好きになった人は、どんなに努力しても自分を好きになってくれるとは限らない」という恋愛の不平等性―この不条理に耐えられなくて、今時の若者は恋愛離れに走っているらしい、という大問題にまで肉薄していくのである。
 それにしても、このオペラ『カルメン』の楽曲の魅力には舌を巻く。エキゾチックな節回しを取り入れながら、人が持つメロディーセンサーをグラグラ揺さぶってくる名アリアの数々。あの有名なタンタカタカタカ、タンタカタカタカ、第1幕の前奏曲<闘牛士>の能天気さと明るさは、嫉妬とプライド、恋の罪という実は相当暗い男と女の物語の非凡なプロローグとして、あまりにも効果的。こういった音楽の「置き方」は、現代ではクエンティン・タランティーノ、ペドロ・アルモドバル等の、耳の良い映画監督が得意とする手法であり、そういった現代的なセンスを先取りしていたビゼーの表現力に今更ながら、驚いてしまう。ちなみに、今回舞台を観ながら、頭をよぎったことがある。ビゼー、現代に生まれたとしても、世界のヒットチューンメイカーになっただろうことは間違いがない。だれに匹敵するのか、というと、これ、ポール・マッカートニーというセンが浮かんできた。第三幕の間奏曲なんて「ブラックバード」のリリシズムだし、試しに、カルメンが歌う<ハバネラ>の声をポールのそれに変換させて想像して見てくださいな。クラシック界のメロディメイカーは、それこそ、モーツァルトから、チャイコフスキーなどたくさんいるが、ポップスの持つ「カッコよさやキャッチーさ」と肩を並べ得る才人はそういない。初心者向き?!  冗談じゃない。クリエイティヴ、という観点からもっと評価されていい作品と作曲家である。

前半はこちらから

<湯山玲子>
日本大学芸術学部文芸学科非常勤講師。自らが寿司を握るユニット「美人寿司」、クラシックを爆音で聴く「爆音クラシック(通称・爆クラ)」を主宰するなど多彩に活動。現場主義をモットーに、クラブカルチャー、映画、音楽、食、ファッションなど、カルチャー界全般を牽引する。著書に『クラブカルチャー』(毎日新聞社)、『四十路越え!』(角川文庫)、『女装する女』(新潮新書)、『女ひとり寿司』(幻冬舎文庫)、『ベルばら手帖』(マガジンハウス)、『快楽上等!』(上野千鶴子さんとの共著。幻冬舎)、『男をこじらせる前に 男がリアルにツラい時代の処方箋』(KADOKAWA)などがある。
湯山玲子公式サイト:http://yuyamareiko.blogspot.com/

ブルガリア国立歌劇場
10月5日(金) 18:30 「カルメン」
10月6日(土) 15:00 「カルメン」
10月8日(月・祝) 15:00 「トゥーランドット」
公演詳細はこちらから

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