2012/8/9

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バリトン ビセル・ゲオルギエフのインタビュー[ソフィア国立歌劇場]

岸 純信(オペラ研究家)

 ソフィア歌劇場が誇る「バス=バリトンの旗手」ビセル・ゲオルギエフ。言葉を選びつつ慎重に語るのに、その話し声の一つひとつが猛烈に響くことからも、恵まれた喉の『威力』を思い知らされた。

ビセル・ゲオルギエフ

 「《トスカ》のスカルピアは8年前から歌っています。ヴェルディだと《リゴレット》《マクベス》が得意ですね。最近ではワーグナーの《指輪》のアルベリヒも演じました。スカルピアのパートを音楽的に分析すると、自分の喉との絡みからは、高い音域が続く辺りが大変ではありますね。性的なエネルギーも含んだ自意識を歌声で鮮烈に伝えなくてはならず、でもそれをやり過ぎて喉を傷めないようにというバランスを保つのがとても難しいのです」
 では、キャラクターとして分析した場合、警視総監スカルピアの特徴とは?
 「いわゆる悪役ですが、逆に、彼の中に『人間的な迷い』が観られない点が面白いですね。貴族のエレガントさを有しながらも非常に女好き、酒も飲むし、敵と戦い破滅させることが生き甲斐で冷酷な面も強烈ですね。でも、そういった個性の全てが必ずしも悪いことではないのかもしれません。厳しさと冷たさを持つのも権力者側の一つの資質ではあるからです。スカルピアは、属する体制を守るため、自分は正当な行いをしていると考えています。つまりは、自分こそ『社会の良心』だと思っている人です。18世紀末の政情を考えると、それも一概には否定できないですね」
 確かに、やり方は非道でも、置かれた立場には忠実なのか?歌姫トスカへの邪な情欲は別にして。

 ビセル・ゲオルギエフ

 「プッチーニのバリトン役は本当にいろんなものをやりました。若い音楽家ショナールも、老人ジャンニ・スキッキも、良識ある領事のシャープレスも・・・年齢層も様々です。でも、その中でもスカルピアは飛びぬけて『濃厚な』キャラクターですよ。自分こそ正しいと思う彼だけに、トスカに刺し殺されなかったら、ずっと権力の座にとどまり続けたことでしょう。理性ではなく、男の本能である性欲が彼を破滅させたわけですね。この役を30年も歌い続けているようなヴェテランの名歌手たちが多いですが、自分もそうありたいと願っています。それだけ演じ甲斐のある大役です」
 歌の道を志して今、大舞台に立ち続けている自らを振り返って。
 「黒海沿岸のヴァルナに生まれました。9歳でピアノを始めましたが、あまり上達せず音楽院には入れませんでした。でも声変わりの後に、周囲から『歌に集中すれば?』とアドヴァイスされました。そこでロッシーニの《セビリャの理髪師》を観に行きました。人生初のオペラ体験でした・・・ソフィア歌劇場は自分のスタート地点でもあり、いまだに護ってくれる有り難い心の故郷でもあります。ブルガリアは優れた歌手をたくさん生みだしましたが、国の諺では『ロバも声がある』とも言うんですよ(笑)。喉に恵まれるだけでは駄目で、音楽的な修練を地道に積んでゆこうと心に誓ってここまでやってきました。日本の皆様の前で歌える日を心待ちにしています」

 

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