2012/11/5

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クリスチャン・ツィメルマン:パリのリサイタル・レポート

クリスチャン・ツィメルマン

 56歳になったクリスチャン・ツィンメルマンの銀髪がパリのサル・プレイエルに姿を見せた。9月26日のリサイタルはドビッシーで始まった。まず、『版画』の「パゴダ」、「グラナダの夕べ」、「雨の庭」。透明感のある音符が泰然と流れ、会場は弾き手の静謐さに呑まれた。楽譜に記された音がそのままピアニストの身体を通じて流れ出してくるかのようだが、その緊張感は比類がない。アジア、スペインのグラナダ、パリ郊外(イル・ド・フランス)という異なった土地のローカルカラーが自然と聞き手の耳を経て、体全体に差し込んできて、生なましく感覚に訴えてくる。
 これに『プレリュード第1巻』から2番「ヴェール」、12番「ミストレル」、6番「雪の上の足跡」、8番「亜麻色の髪の乙女」、10番「沈めるカテドラル」、7番「西風の見たもの」と続いた。
 あらゆる虚飾、媚びを排した音が淀みなく流れる。音質そのものが水を想起させる。どんなパッセージでも急いだ印象を与えない。テクニックが最早テクニックとして目に付くようなことがない。タッチの多様さにも驚かされた。やさしいかすかに触れる時も、ほとんど手を腕ごと叩きつけ、ピアノが鍵盤楽器であるかのように響くことところもあった。
 休憩後は、カロル・シマノフスキーの「9つのプレリュード作品1」からの3つのプレリュード。叙情味豊かな曲想に、時折哀愁の影がかすめ、静けさがピアノから広がった。この曲の演奏は先日亡くなったフランスの女流ピアニスト、ブリジット・エンゲラーに捧げられた。
 最後はブラームスの「ピアノソナタ第2番」。激情が迸るかと思うと静かな心に問いかけるような安らいだ曲想が訪れる。30分近い大曲の全体を見通したツィンメルマンによって、若いブラームスの情念の激しさと優しさとの対照が一部の隙もなく構築されていた。
これほど密度の濃いリサイタルにはアンコールはいらない。全身を突き抜けていった三人の作曲家の音楽の余韻はまだ身体のどこかに、確かに残っている。

三光 洋(音楽ジャーナリスト / パリ在住)

≪クリスチャン・ツィメルマン 来日公演≫
2012年12月04日(火) 19時開演 サントリーホール
2012年12月11日(火) 19時開演 東京オペラシティ コンサートホール
公演の詳細はこちらから

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