2014/4/11

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アンティーム(親密な)リサイタル/ナタリー・デセイ

 ナタリー・デセイと・カサールのリサイタルを聴きに、カーネギー・ホールに出かけた。何と今回のリサイタルは、デセイにとってニューヨークにおけるリサイタル・デビューなのだという。

ナタリー・デセイ

 歌う女優と呼ばれることの多い彼女、もともとは女優志望だったとのことで、これまでニューヨークでの活躍の中心も、オペラの舞台だった。ハイフライングなコロラトゥーラのレパートリーで世に躍り出た彼女、ニューヨークではR.シュトラウスの《アラベラ》のパーティーガール、ファルケミリでメット・デビューした後、《ナクソス島のアリアドネ》の自由奔放なツェルビネッタでその印象を決定的にしたのだった。しかし近年は、そういったティーンエイジャーのようなキャラクターを演じ続けることに違和感を覚えるようになったとのことで、デセイは再び女優を目指すとともに、リサイタル活動に比重を移すことを考えるようになったのだという。

 というわけで、ニューヨークで再び「デビュー」したデセイ。カーネギー・ホールの舞台には、髪をアップにして、銀色に輝くテアトリカルなガウンで現れた。この頃あまり見かけなくなったお姫様みたいに大きなドレスも、デセイがまとうと何故だろう、大げさな感じがしない。ピアニストのカサールは、ドビュッシーのレコーディングも一緒に作った音楽的同僚であり、最も信頼の置ける友人の一人なのだそうだ。

ドイツ歌曲を中心としたプログラムの前半は、クララ・シューマンの清澄な調べで始まった。デセイの声は、この日も一声聴いただけで紛れもなくデセイであることが直ちにわかる、白銀のようなあの声だ。ブラームス、そしてデュパルク《旅への誘い》に進んだ頃には、場内の緊張はすっかり溶けて、客席の呼吸もデセイのそれと、静かにシンクロする。彼女は、肘から二の腕のあたりを軽くスゥイングさせたりと、歌いながら体をよく動かせる。それはきっと、心の動きの自然の発露としての動きであるのだろう。芝居がかった不自然は、そこには欠片もない。

ナタリー・デセイ

 前半を甘いリヒャルト・シュトラウスで締めくくると、休憩後はフォーレ、プーランク、ドビュッシーのフランスのメロディの世界となった。外に向けられる表現という活動が、ある一線を越えると、どこまでも内向きの親密さへと変わっていく、音楽というものの不思議さ。デセイの繰り広げる世界は、それはそれは濃密なもので、どうしてもフランス的と形容したくなってしまう、アンティーム(親密)な感覚に溢れている。リヨン生まれのフランス人の彼女を前に、あまりにも安易過ぎる言い方かもしれないが、そう感じずにはいられないのだから仕方がない。

 アンコールでは、まずドビュッシー《ベルガマスク組曲》から《月の光》をカサールが奏でた。そのときデセイは、ピアノの横で、客席に背中が見える状態で立ちすくんだまま、カサールのピアノに聴き入るのだった。その立ち姿の美しいことといったら!親密なデセイの招待に、すっかり巻き込まれてしまった一夜であった。

小林伸太郎(音楽ジャーナリスト NY在住)
Photo by Julien Jourdes

小林伸太郎(こばやし しんたろう)
ニューヨークのクラシック音楽エージェント、エンタテインメント会社勤務を経て、クラシック音楽を中心としたパフォーミング・アーツ全般について執筆。現在は、「音楽の友」「レコード芸術」「モーストリー・クラシック」などにレギュラーで寄稿している。早稲田大学第一文学部フランス文学専修卒。カーネギー・メロン大学で演劇を学んだ後、アートマネージメントで修士号取得。ニューヨーク在住。

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デセイの新境地!カサールとの出会いで生まれた初のデュオ・リサイタル!
ナタリー・デセイ&フィリップ・カサール デュオ・リサイタル

ナタリー・デセイ

2014年04月14日(月) 19時開演 サントリーホール

公演の詳細はこちらから

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