2019/3/4

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ピアノという機械を自在に操る、神の技’~【クリスチャン・ツィメルマン ピアノリサイタル】

2月28日のサントリーホールでは満員のお客様に迎えられ終演し、3月5日には東京オペラシティ コンサートホールで追加公演を行うクリスチャン・ツィメルマン。
イタリア・トリノで行われたリサイタルについて「L’Ape musical WEB新聞」に掲載されました!明日の演奏会でも披露するブラームスとショパンの演目についても、みなさんの期待を裏切らない嬉しい報告が。どうぞご期待ください。
ピアノという機械を自在に操る、神の技 Deus in Machina

クリスチャン・ツィメルマン、Unione Musicaleの招きでブラームスとショパン・プログラムを演奏。トリノ、ジャンニ・アニェッリ・ホールは観客の熱狂の渦で燃え上がった

忘れることの出来ない演奏を聴かせてくれるアーティストが居る。その様な忘れることの出来ない演奏会の中でも、時には私たちの想像を遥かに超えるくらい、全く新しい音楽の表現を意図した美的審美眼でその場で演奏を聴く恩恵を得た聴衆の聴き方を根底から覆してしまう様な演奏をするアーティストが居る。
ピアノは、きわめて複雑な構造と可能性をもつ楽器だと心に留めているから音と静寂の前の振動の間に浮遊する聴こえるか聴こえないか分からないほど微かなピアニッシモも創り出すことが出来、その様なピアニッシモを聴くことは、最も熱狂的な音楽愛好家にとっても超越的な冒険となる。
                            
前回の2016年のリサイタルではシューベルトを披露し、のちに同演目のCDがドイツ・グラモフォンから発売されているが、彼の公演はいつもセンセーションであり、その名はピアノ史上にひときわ眩しい輝きを放つに至った。

ブラームスのピアノソナタ第3番ヘ短調 Op.5。全き恍惚の40分間。音を物理的な束縛や当然の帰結から解放し、古代ギリシャ的な自由を感じさせる。彼の指先は、神のそれに等しい。造物主の指である。
第2楽章「アンダンテ・エスプレッシーヴォ」。若きブラームスはベートーヴェン「悲愴」の「アダージョ・カンタービレ」を意識していたのだろうか。鋭利な刃で音のフォルムを刻みこみ、また、滑るようなペダリングによって無重力の感覚が生まれ、夕暮れどき、薄暮の息吹が、私たちを酔わせてくれるかのようだ。フォルテとピアノのあいだを、活力と倦怠のあいだを自在に行き来しながら、けして緩まない弦のバランス。

この人の完璧主義とはどういう次元なのだろう? 楽器を知り尽くし、それでいて、機械操作のみに陥らず、あくまで「ピアニズム」を求める。柔軟性、輝き。力にあふれ堂々たる「アレグロ・マエストーゾ」。文字通り威厳ある(=マエストーゾ)揚々とした(=アレグロ)性質は、彼がバーンスタイン、そしてラトルと行ったブラームスのピアノ協奏曲第1番のCD録音中にも、余すところなく表現されている。

ショパンのスケルツォでは、演奏家が楽器を奏でる至福、その空気感が伝わりこそすれ、スタイルを誇示したがる凡庸さは微塵もなかった。自由闊達なスケルツォの曲想を逆手にとり、ツィメルマンは、リズミックで色彩感あふれる新しい可能性、楽曲の規律と同時に表現の広がりを、提示して見せた。彼の「四つのバラード」を聞いたことがあるファンは、重厚かつ控えめな表現を期待したかもしれず、今回のこの熱に浮かされたようなヴィルトゥオジティに面食らったかもしれない。けれど、その躍動感も、しかるべき存在のアピールを逸脱してはいないはずだ。

スケルツォ第3番で音符はさらに輝きを増してゆく。また2番では、こんにちのピアニストたちを相手に鋭く問いかけているようにも聞こえた。繰り返し箇所にも、厚み・変化を兼ね備えた音の層がはっきりと見え、しかもそれは、ショパンが意図した繊細な織物のような構造を、いかなる意味でも傷つけてはいない。彼の奏法は、演奏技術と詩情とをどうすれば融合させられるのか、つねにその手本を示す。アンソロジー中唯一の長調であるスケルツォ第4番は生き生きしたイメージが優位にたち、上質なリリシズムに、アイロニーと愛想の良さとがスパイスのように効いていて、あまりにも偉大な彼の名前からはやや意外な印象すら受ける、自然な人となりが見えたのが嬉しい。

ある物理学の理論では、特殊な時間と空間の交差によって生じる光線があるという。ツィメルマンの姿はあたかもその光線を浴びているかのようだった。それがあの雪のような髪に照り映え、その毛髪の下でどれほどの思想や構想が躍動しているかを想起させる。受け止めきれないほど拍手が起こったとき、演奏家は、おそらくは少し当惑しながら、やっと、88枚の鍵盤を持つ忠実な友から体を離した。クリスチャン・ツィメルマン。人を食ったようなピアノという機械(それは、人間に挑戦する悪魔かもしれないが)を、神の力を持って制した。紛れもなく、最高の高みを知るピアニストである。

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透徹のピアニズム 世界が求めてやまない至高の音世界
クリスチャン・ツィメルマン ピアノ・リサイタル
2019年3月5日(火) 19:00 東京オペラシティ コンサートホール
公演情報はこちらから

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