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ブルガリア・ソフィア通信第1弾 [ブルガリア国立歌劇場]

湯山玲子氏による、ソフィア(ブルガリアの首都)レポートが届きました!

ソフィア通信1日目
ブルガリア。
日本ではほとんどヨーグルトの代名詞ではないか、という認知の国だが、実はこの私、1970年の大阪万国博覧会で、この国のそのヨーグルトと印象的な出会いをしている。並び待ちということができない両親がチェックするパビリオンは、月の石で賑わうアメリカ館なんぞはもってのほか、余裕で入れる発展途上国のそればっかり。ああ、今も忘れはしないブルガリア館。そこで出された、いつもの甘い瓶詰めと違う「ヨーグルト」に小学校4年生のわたくしは味覚開眼しましたね。未体験の味に「なんじゃあ、こりゃあ」状態になったが、その驚きが美味しい方向に転んだのだった。明治がその名を冠した製品を世に出す数年前の話だが、それって、当時の社員が私と同じような経験をしたからではないのでは?! と妄想。 で、その首都ソフィアを歩いた感想は、手のひらサイズの可愛らしい街、だということ。官公庁やらがぎゅっと詰まった中心部。ちょっと歩くと、庶民の露天マーケットがあり、オペラ座、テクノ系クラブ、スターシェフが腕をふるうイタリアンなどなど、立ち寄った要所は全部徒歩で回れてしまう。街の中心地に、なんと飲料可の温泉の汲み場があり、おっさんが何個もタンクを持ち込んで水を取っているような場面なんぞは、これまったく日本の神社の名水処、そのまんま。目抜き通りには、もちろん、一流ブランドやzaraなどが存在するが、全体的に素朴な感じ。今原稿を「ホームメイド」の黒板書きが出ている路上のテラスレストランで、フェタチーズ&ブルガリアワインとともに書いているのだが、みなさんが静かに夜の通りをそぞろ歩く感じが、なんだか、日本の田舎の夜祭みたいなのだ。

 ところが、その表面のリラックス感と裏腹の体験を初日から、二発食らってしまったのである。そのひとつが、ブルガリア正教会の寺である、アレクサンダー・ネフスキー寺院の夕刻のミサ。狙っていったわけではなく、立ち寄った時にちょうどそれが始まったので、結局、一時間あまりをそこに釘付けになってしまった。 天井から吊り下げられた巨大シャンデリアを始め、壁の前面には黄金の聖人の聖画で埋め尽くされ、重厚アンド荘厳な空間にガーンと響いて来たのは、なんと「合唱」なんですよ。ヨーロッパの教会音楽には、パイプオルガンが欠かせないが、その代わりに「合唱」。姿は見えないが多分20人ほどではないかと思われる聖歌隊が中空のテラスにいて、ループの和声をがんがんガンガン送り出してくる。そこに4人の僧侶の儀式が何度となく、繰り返されるのだが、その祈りの声と相まって、音響の真綿がグイグイ身体を圧迫していくような時間に、陶然となってしまった。僧侶が振り続ける香炉から、もうもうと煙が発生し、お香の香りが満ち満ちている。乳香か木香なのか、結局、視覚聴覚嗅覚すべての体感を抑えられ、ある「境地」に持っていかれるわけで、まあ、私もこれまでいろいろな「場と音楽」を聴いていますが、これほどのものは今まで経験ないかも。

 恐るべし、ブルガリア正教会。ほかにギリシャ、ルーマニア、ロシアを加えて、東方正教会を形作っているわけだが、この地のそれは、かつてのヨーロッパがそうだったように生活の中に完全に入り込んでいる感あり。ミサには今時の若者から老人までがつめかけ、盛んに十字を切っている様子は、トルコで見たイスラム寺院と人々の関係性と非常に近い。特質すべきは、この圧倒的な音楽体験をソフィアの人々は幼少時から重ねているわけで、その芸術民度の高さを考えるとクラクラしてくる。 その日の夜に観た、ブルガリア国立歌劇場でのバレエ公演「ジゼル」も素晴らしかった。1200人ほど収容の歌劇場のこじんまり感と、客席と同じほどの奥行きがある舞台、歴史的歌劇場独特の「近い音響」を兼ね備えた舞台に花開いたのは、Boryana Petrovaボリヤナ・ペトロヴァという若いバレリーナ。この演目は、第1幕のジゼルの元気でピュアなギャピキャピぶりと、第2幕の幽霊になってしまった以降の幽玄との落差がキモなのだが、彼女は完璧。特に前半の少女ぶりは、マーゴット・フォンテーンを彷彿。

 週末なので、教えてもらったテクノ系クラブに行こうとしたが、さすがに電池切れでした。

<湯山玲子>
日本大学芸術学部文芸学科非常勤講師。自らが寿司を握るユニット「美人寿司」、クラシックを爆音で聴く「爆音クラシック(通称・爆クラ)」を主宰するなど多彩に活動。現場主義をモットーに、クラブカルチャー、映画、音楽、食、ファッションなど、カルチャー界全般を牽引する。著書に『クラブカルチャー』(毎日新聞社)、『四十路越え!』(角川文庫)、『女装する女』(新潮新書)、『女ひとり寿司』(幻冬舎文庫)、『ベルばら手帖』(マガジンハウス)、『快楽上等!』(上野千鶴子さんとの共著。幻冬舎)、『男をこじらせる前に 男がリアルにツラい時代の処方箋』(KADOKAWA)などがある。
湯山玲子公式サイト:http://yuyamareiko.blogspot.com/

ブルガリア国立歌劇場
10月5日(金) 18:30 「カルメン」
10月6日(土) 15:00 「カルメン」
10月8日(月・祝) 15:00 「トゥーランドット」
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