2017/3/8

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山田和樹がコーミッシェ・オーパーで欧州オペラ・デビューを飾る

山田和樹がコーミッシェ・オーパーで欧州オペラ・デビューを飾る

 2月24日、指揮者の山田和樹がベルリンのコーミッシェ・オーパーで事実上の欧州オペラ・デビューを飾った。演目はモーツァルトの《魔笛》。今シーズンこの劇場は《魔笛》を計10回上演することになっているが、そのうちの1回が山田のもとに巡ってきたのである。この2016/17年シーズンからモンテカルロ・フィルの音楽監督に就任するなど、まさに勢いに乗っている山田だが、オペラとなると2月の藤原歌劇団の《カルメン》でようやくデビューしたばかり。《魔笛》を振るのはこれが人生初。しかも、通常公演なのでオーケストラのリハーサルすらなく、当日にこのプロダクションのアシスタントと簡単な打ち合わせをしただけだったという。

 筆者がベルリンで山田の公演を聴くのは2013年に彼がベルリン放送交響楽団の定期演奏会にデビューして以来のことだったが、あの時とはまた少し異なるドキドキした気持ちで席に付いた。

 序曲の変ホ長調の和音が格調高く響き渡り、主部の早い部分に入っても、コーミッシェのオケは山田の棒に鋭敏に反応している。まずは一つ安心。バリー・コスキーとスザンヌ・アンドレイドの演出によるこの《魔笛》は、1920年代のドイツの無声映画から着想を得た、斬新でありながらレトロなテイストを持つ高い人気を誇る舞台だ(この日も完全にソールドアウト)。アニメーションが多用され、それが舞台上の動きと連動するため、音楽の入りのタイミングには細心の注意が必要だが、山田はうまく合わせていたと思う。 

 第2幕に入ると、それまでの張りつめた緊張から解き放たれたかのように、山田の表現に柔軟性が加わってくる。ハイライトとなったのが、この日見事な歌唱を聴かせた3人の童子がパミーナを慰める四重唱のところから。峻厳なコラールを経て、パパゲーノとパパゲーナが出会うあの「パ、パ、パ」のデュオに至るまで、どの音にも血が通い、心地よく躍動している。普段どちらかといえば、コンパクトで俊敏な印象のあるこの歌劇場のオケから、これほどあたたかくマイルドな響きをいつの間にか引き出していた山田の手腕に驚き、今更ながらモーツァルトの音楽の素晴らしさにひれ伏すばかりだった。

 今回は1回限定の客演だったが、次は一つのプロダクションを最初から作り上げる過程を経て、山田和樹が指揮するオペラの舞台をヨーロッパでも観てみたい。この夜の舞台に触れた後では、その日が来るのもそう先のことではない気がする。

中村真人(在ベルリン/ジャーナリスト)

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