2016/10/26

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インタビュー:マレイ・ペライア

ペライアさん、3年ぶりの来日、心待ちにしておりました。無事のご到着何よりです。
マレイ・ペライア(以下、MP) : ありがとうございます。

今回、ベートーヴェンのハンマークラヴィアを演奏してくださるということで、私たちはとても興奮しています
MP : 私も楽しみにしています。

ベートーヴェンの作品のなかで、このハンマークラヴィアは、どのように定義すべき作品だと思いますか?
ご自身にとって、魅力に感じられる部分、あるいは、楽譜を読み込まれた場合に「こういうところがベートーヴェン作品のなかでも、特別な要素だな。」と思える部分など・・・

MP : まずこれは、最高度にチャレンジングな作品です。あらゆる演奏レベルにおいて、挑戦を求められます。まず、その長さ。演奏時間が45分にもなります。
想像出来うる限りの心情を込めなければなりません。しかし、全体を通して途切れることのない印象というのは、二つのゆっくりとした楽章に現れている非常に心痛む ‘孤独な様相’ だと私は思うのです。ベートーヴェンはこの作品を書いた時、人生の希望を失っていました。それが曲想に示されています。このころ、彼は甥との問題、そのほかにも自身いくつかの問題に悩み、少なくとも1年ほどのあいだ作曲ができなかったほどです。彼はきっと、死ぬことを考えていたのでしょう。ゆっくりとした楽章を彼がどんなつもりで書いたのか。私は「遺書」のつもりだったろうと思います。まさに自分の気分を投影した・・・そしてそのゆっくりとした楽章の最後で、ふっと調性が変わります。長調に転じます。これは、希望を意味するのでは、と。
最終楽章の始まりでは、まさに曲に挑まなければなりません。ここまで要求の高い部分も、なかなかありません。大胆不敵な主題、そして、長い主題。調性は大きく変化しますし、半音階も多用しています。ハンマークラヴィアを書く以前のベートーヴェンはこんな書き方をしたことは一度もないのです。

作曲家の心の中は、いったいどうなっていたのでしょう?
MP : これは、神との討論のつもりだったのではないでしょうか。光明への希求も、闇への沈潜も、この作品には両方があります。最後は肯定的に結ばれます・・・示された音符そのものには、曖昧さが残りますが。どちらの方向にも張っていない糸のような、大切な音符が残されています。それらは、平安をかき乱す作用をもちます。ひとつ、終盤で確実に揺さぶりをかけてくる音があるんです・・・前向きな方向を示しながらも、まだ、その導きは、完璧に仕上がってはいない・・・そういう音楽として、在るのです。

Q : 興味深い解説です、ありがとうございます。3年前のインタビューでペライアさんは、すでにこの曲のことをお話しになり、「まだまだ、これから弾きこんでゆきたい。」ということをおっしゃっていました。この5月のカーネーギー・ホールでの演奏では高い評価を受けられています。ここ数年のご自身の演奏技術の進歩を、とくにハンマークラヴィアに関して、どのように自己評価されますか?
MP : 批評などにつねに関心を示してくださり、お礼を申し上げます。自分のことを自分で判断するのは難しいですが、感じていることは、この作品の中に自分がどんどん入り込んでいるな、という事。音符のひとつひとつが根拠をもち、すべての音に意味がある。そして相互に関係づけられている。たとえば、第一楽章のモティーフが最終楽章に再登場します。以前はこのようなことに目を向けませんでした。そして感情の部分で、ずっと深くなったと感じています。曲が始まるやいなや、そこに自分の感情が入り込んでゆく・・・このようなことは、以前にはなかったのですが、ここ数年、そういう感触が強くなっているのです。正直、自分では客観的な判断はできませんが。感じていることは確かです。

この曲を初めて聴衆の前で弾かれたのは、いつだったのでしょうか?
MP : かれこれ30年前になりますね・・・場所はカナダでした。でもね・・・(笑いながら)ということは、29年ものあいだ、弾かないでいたわけです。

じつに長いインターバルを経て、いま、再挑戦が始まったのですね。
MP : はい、そうです。多くのことを学び、いまやっと、再挑戦するために機が熟した、の感があります。そうしたら、自然に曲のほうが歩み寄ってきてくれた・・・そんな感じがしますね。

ですが、29年間、観客を前にしてはお弾きにならなかったけれども、お勉強はされたのでしょう?
MP : もちろんです。

そして、ハンマークラヴィーア以外の曲で経た体験も、役立っていますか?
MP : ええ、そう思います。とくに、バッハの楽曲の演奏から得たもの、それが、役立っていますね。対位法の話になりますが。ベートーヴェンも対位法の作曲家ですが、それはまさにバッハの遺産です。バッハ作品は私自身、心血を注いで勉強しましたし、録音もしてまいりました。対位法の基礎を同じくしていますが、ベートーヴェンのほうは非常にドラマ性のある曲になっています。バッハには、たしかに半音階の用い方や、規則から外れた休符の用い方などの複雑さはありますが、対するベートーヴェンのほうはより多く「語りかけるもの」を感じさせます。なにか、われわれを強く導く人のような、ワイルドな語り口です。

より人間味が強いのでしょうか?
MP : それよりさらに進んで、「超人間的」と言えると思います。

ヒントになるキーワードですね、ありがとうございます。
MP : わかっていただけたら、嬉しいですよ。

今回のプログラムは、ベートーヴェンの前に、ハイドン、モーツァルト、そしてブラームスです。配曲の意図はあったのでしょうか?
MP : 流れを見てみますと、ハンマークラヴィーアの前に、ハイドン、モーツァルトの時代があった。ハイドンは実際ベートーヴェンの先生でしたし、そして若い頃のベートーヴェンはモーツァルトにも多大な影響を受けています。今回演奏する2曲はいずれも象徴的なもの。ハイドンはこの『アンダンテと変奏曲』を、敬愛するモーツァルトの死の2年後に書いていますが、この変奏曲の2曲目は、モーツァルトへのトリビュート。天才モーツァルトの演奏を想起しながら書かれたと思うのです。ハイドンはダブリング(重音)が好きでしたが、まさに第2変奏曲はそのように書かれていますね。モーツァルトの『ピアノ・ソナタ第8番』のほうですが、これは、彼のピアノ・ソナタのなかでも非常にドラマティックなものです。なぜかと考えますに、母親がその直前に亡くなった悲しみを投影しているからでしょう。運命というものについて、彼の神への問いかけを聞くようです・・・どうしてこのような酷いことをなさるのか?という。

そしてベートーヴェンの時代を経て、ブラームスに続くと・・・
MP : ブラームスの時代になっても、古典派楽曲の流れはそこに受け継がれています。ハンマークラヴィアに関して言えば、ブラームスは当時としてはやや古い手法に感じられたかもしれないスケッチを、自身も、影響されて、採用しています。二人に共通するのは下降する三度( falling thirds) です。これをベートーヴェンもブラームスも使用していて、おそらくそこには「死が近い」感覚があったのではないでしょうか。直感でブラームスは、ベートーヴェンのスケッチの中に自分と共通するものを読み取ったのだろうと思います。

今おっしゃったようなことを、聴衆の私たちは、理論がわかっていなくても、音楽を聴くことでピンとくるでしょうか?
MP : 大丈夫ですよ、きっと感じ取っていただけます。それは、サブコンシャス、意識下で起こる反応だと思いますけれど、サブコンシャスの方がコンシャスより敏感で確かだ、と私は信じています。そしてそれは、みんなが持っているものです。

音楽とは関係ありませんがひとつ伺いたいことがあります。
ペライアさんは、とても誠実で、そしてたいへん繊細なかただとお見受けし、われわれがあまりにも質問攻めにしてしまうようなとき、ご本人はじつは静かに精神のバランスをとりたいと思っていらっしゃらないか、すこし心配になるんです。観客にはむしろ知識を与えるより、まずは集中して演奏を聴いてもらいたい、と思われますか?それとも、このように情報でのコミュニケーションもお好きでしょうか?

MP : どうかご心配なく、私は決して気難しくはありませんよ、語りあうことも楽しんでいます。あ、でも、しゃべりすぎ、ということは控えているつもりですが。快適な範囲でなら、どんなことも嫌いではありません。

ありがとうございます、安心いたしました。なにごともほどほどに、ということですね。
MP : ええ。それがいいですね(笑)。そしてみなさんとのまもなくの再会を、とても、楽しみにしております。

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心に深く沁み入る、敬虔なる美音
マレイ・ペライア ピアノ・リサイタル

2016年10月31日(月) 19:00サントリーホール
<プログラム>
ハイドン: アンダンテと変奏曲 ヘ短調 Hob.XVII:6
モーツァルト: ピアノ・ソナタ 第8番 イ短調
ブラームス:6つの小品より 第3番 バラード ト短調 Op.118-3
ブラームス:4つの小品より 第3番 間奏曲 ハ長調 Op. 119-3
ブラームス:4つの小品より 第2番 間奏曲 ホ短調 Op. 119-2
ブラームス:6つの小品より 第2番 間奏曲 イ長調 Op. 118-2
ブラームス:幻想曲集 第1番 奇想曲 Op.116-1
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第29番 変ロ長調「ハンマークラヴィア」Op.106

公演の詳細はこちらから

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