2016/10/3

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【インタビュー】レイフ・オヴェ・アンスネス

この夏は、母国ノルウェーで新しい音楽祭を立ち上げたり、オリンピックで沸く南米でリサイタル・ツアーを行なったりと、夏休みを取る間もなかったのではないですか?
 そんなことはないです。7月は夏休みを取って家族と過ごしました。8月中旬に第一回目のローゼンダール室内楽フェスティヴァルを開催することができて、大きな喜びでした。期間は比較的短い音楽祭ですが、密度の濃いプログラムで、演奏の水準も高く、すばらしい雰囲気の中で行なうことができました。
 この音楽祭では、私が尊敬する国際的なアーティストたちと、ノルウェーの若手の音楽家―最近特にすばらしい若手の弦楽器奏者がたくさん出てきています―をうまく組み合わせた、興味深いプログラミングを目指しています。今年はシューベルトの最後の年である〈1828年〉をテーマに選びましたが、私自身、音楽祭や録音でこのように一つのテーマや一人の作曲家を掘り下げていくのがとても好きです。ピアノ・リサイタル公演の詳細
※演奏者の都合によりプログラム前半に曲目が追加となっております。詳細は上記からご確認ください。

11月の日本のリサイタルのプログラムもシューベルトで始まりますね。
 はい、シューベルトの「3つの小品 D946」は私にとって新しく取り組むレパートリーです。以前から好きな曲集でずっと弾きたいと思っていました。彼の後期の三大ソナタと同じ時期に書かれたためにその影に隠れがちですが、いずれも驚くべき名曲です。シューベルトのエッセンスが凝縮され、しかも多様な世界が描かれています。

最近の欧米でのリサイタルではシベリウスの小品をよく弾いていらっしゃいますね。日本でも弾かれるのですか?
 リサイタル前半、シューベルトのあとにシベリウスのピアノのための小品を何曲か弾きます。シベリウスは次のレコーディングのプロジェクトでもあり、日本ツアーから帰国後、12月に録音する予定です。
 シベリウスのピアノ音楽はほとんど知られていませんが、それはたぶん彼がピアニストでなかったこと、そして彼自身が自分のピアノ曲を貶めるような発言をしていたことも影響していると思います。
 シベリウスのピアノ曲は全部で150曲ほどあり、たしかにオーケストラ作品にくらべれば音楽的にムラがあるかもしれませんが、それでもそのうち40%ぐらいはきわめて魅力的な作品です。これまでも折々に弾いてきましたが、今回レコーディングも念頭に入れて、すべての作品を体系的に弾いてみて多くの発見がありました。
 彼はピアノ奏者ではなかったので、ピアニスティックでない表現もあるのですが、彼のオーケストラ作品の色彩感を想像しながら演奏すればその魅力を引き出すことができます。シベリウスは、曲の雰囲気をつかむ能力に長け、その音楽にはどこかしみじみとした味わいがあります。

これらのピアノ曲は教育用だったのでしょうか?
 シベリウス自身は、特に子供のための曲と呼んではいません。当時はもっとたくさんのアマチュアのピアノ弾きがいたので、彼らのために書かれたのでしょう。おそらく彼はグリーグの《抒情小曲集》のような商業的な成功を期待していたのではないでしょうか。でも残念ながらそうはなりませんでした。シベリウスは北欧最大の作曲家なのに、フィンランド人でさえピアノ曲についてはほんの一握りの曲しか知らないというのは不思議ですよね。

リサイタル後半はドビュッシーとショパンで構成されていますね。
 シベリウスとは対照的に、ドビュッシーやショパンの音楽はきわめてピアニスティックで、鍵盤に手を置くだけでぴったりとはまる感覚です。その音楽を弾けばピアニスト=作曲家であった彼らの考えがはっきりわかります。ドビュッシーもショパンもきわめてユニークな音楽家で、今回弾く作品は私がもっとも好きな曲ばかりです。《版画》はたしか17歳の時に初めて弾いたドビュッシー作品で、久しぶりに弾くのでとても新鮮です。
 最後はショパンのバラード2曲とノクターン1曲を取り上げます。私にとってショパンの4曲のバラードは、指揮者にとってのブラームスの交響曲のような大きな存在です。10代の頃から夢中で、思い入れの強い作品です。
 ショパンのバラードは、シベリウスの次にレコーディングする予定です。実はショパンはデビュー間もない頃に3曲のソナタを録音した以外は、あまり弾いていません。というのもなぜか私にとってもっとも難しい作曲家でもあるからです。一つにはモダン・ピアノではショパンの繊細さを出すのが難しいと感じるからです。またショパンの音楽は一般に考えられている以上に複雑に書かれているために響きのバランスに配慮が必要です。たとえばバラード第4番はきわめてロマン主義的な作品ですが、対位法的にもとても複雑で、ショパンがバッハを敬愛していたことがよくわかります。このように、ショパンの音楽は主観的でありながら古典的な点が特色だと思います。

アンスネスさんは、最近またバリトンのゲルネさんとシューベルトの歌曲を取り上げています。歌曲を演奏することでピアノ曲への理解も深まりますか?
 もちろんです。そもそも私の人生の中で、シューベルトの歌曲を演奏している時にもっとも深い音楽体験をしてきたといっても過言ではありません。私にとってシューベルトの歌曲はなくてはならない存在です。
 私が初めて《水車屋の娘》を弾いたのは27歳の時で、ゲルネさんと一緒でした。彼とも初共演でした。公演で曲の最後に達した時、私は時間と場所の感覚を失っていました。舞台でそんな気持ちになったのは初めてでした。ソロを弾いているときにこういう気持ちになることはめったにありません。それは曲の長さもありますが、曲の内容の深さによるものだと思います。
 歌手と共演することで、呼吸の取り方、旋律の歌い方、アクセントの付け方など学ぶことはたくさんあります。ゲルネさんとは来年、パリとブリュッセルで初めてシューベルトの三大歌曲集のツィクルスを演奏するので、とても楽しみにしています。

今回の来日では、NHK交響楽団とシューマンの《ピアノ協奏曲》を演奏します。今後、協奏曲のほうはどんなレパートリーを取り上げますか。
 シューマンの協奏曲は主に昨シーズン取り上げた作品で、今回は東京が最後になります。今シーズンはラフマニノフの協奏曲第4番に力を入れているところです。この曲は2010年に録音して以来、弾いてきませんでした。有名な第2番および第3番の協奏曲の影に隠れてしまっていますが、私はとても愛着を持っています。いわゆるラフマニノフらしい大きなメロディーはないのですが、都会的でリズム的にもとてもおもしろく、その一方で世紀末的な和声語法も魅力で、終結はロマン派の協奏曲の黄昏といった感じです。

大野和士さん指揮のバルセロナ交響楽団や、ネルソンスさん指揮ボストン交響楽団、オロスコ=エストラーダさん指揮ベルリン・フィルと共演しますね。
 はい、大野さんともバルセロナ響とも初共演になりますので、とても楽しみにしています。

これだけ演奏旅行が多い中、どのようにオフの時間を作っているのでしょうか?
 それは簡単です。家に帰れば家族が待っていますから--「オフ」ではなくむしろ「オン」の時間というべきでしょう(笑)。今、上の娘が6歳で、双子が3歳です。たしかに「オフ」の時間はあまりないかもしれませんが、家族との日常は演奏家の人生とはまったく違うので、健康的だと思います。

演奏旅行中の空き時間の過ごし方は?
 そうですね、なるべく何か新しいことを体験しようとしています。観光する時間はあまり取れないのですが。25年間も演奏旅行していると、同じ都市、同じコンサートホールを訪れることが多いので、なるべく新しい土地にも行くようにしています。今年の夏の南米ツアーでは、チリおよびペルーといった初めての国で演奏できてとても嬉しかったです。しかも演奏旅行の間に休みを取ってマチュピチュ遺跡も訪れることができて、今までにないような最高の体験をしました。

東京滞在中に必ずすることはありますか?
 私は和食が大好きなので、滞在中に一回は名レストランで友人と特別な食事を楽しみます。これまですきやばし次郎やナリサワにも行きました。

それはうらやましいです!ところでアンスネスさんはソーシャルメディアはあまりお使いにならないでしょうか?
 インスタグラムはときどき使って、写真を上げています。あとフェイスブックもたまに使います。時々写真などをシェアするぐらいがちょうどよいと思っています。

ありがとうございました。日本ツアーのご成功を心から願っています。

後藤 菜穂子(音楽ライター/ロンドン在住)

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語り継がれる巨匠への道を、一途に向かう
レイフ・オヴェ・アンスネス ピアノ・リサイタル

2016年11月25日(金) 19:00 東京オペラシティ コンサートホール
公演の詳細はこちらから
※演奏者の都合によりプログラム前半に曲目が追加となっております。詳細は上記からご確認ください。

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