コンスタンチン・リフシッツ（ピアノ) プレイズ・ラフマニノフ

巨人の足音が、ピアノの大地から響き渡る

　冬になり、また2月がくれば、コンスタンチン・リフシッツがやってくる。こんどはラフマニノフの24の前奏曲を携えて。
　何冊もの本を広大な精神の迷宮に抱えるようにして、リフシッツは悠然と音楽の時空を歩んできた。2015年2月、それらの書物は他ならぬバッハだった。「平均律クラヴィーア曲集」の第1巻を弾いた翌週末に、「インヴェンションとシンフォニア」や「音楽の捧げ物」を、その翌日の午後には「平均律」の第2巻を、リフシッツは圧倒的な存在感をもって演奏した。ひとつひとつが気宇壮大な精神の営みであるとともに、演奏会がひとつの儀式としての重さを、幾重にもひらいていくような緊密な充実感がそこには漲っていた。即興的な自由をもって。
　リフシッツのバッハ演奏が、知と技術の構築であるだけでなく、生々しい感情の真実を籠めた、作曲家の魂の現前ともいうべき様相を帯びてくるのは、ヴィルトゥオーゾとして彼の技量によるだけではない。ウクライナに生まれ、モスクワで学んだ青年が内心に抱く、大地的な情感が自然と大きく働きかけるからだろう。
　そうして、来る冬には、ラフマニノフの前奏曲をまとめて演奏する。ラフマニノフの24の前奏曲は、前奏曲嬰ハ短調op.3-2に続き、「10の前奏曲」op.23、「13の前奏曲」op.32を作曲して、24の調性を網羅したものだ。ショパンの「24の前奏曲」op.28の構想に近いが、もとを辿れば、想像力の源泉としてのバッハへの敬愛に結ばれる鉱脈である。
バッハの鍵盤作品を現代のピアノで鮮やかに息づかせるリフシッツが、ショパンの時代よりさらに後、19世紀末から20世紀をまたぐラフマニノフの前奏曲集にのぞむとき、音色や情趣の色彩も含めて、ロシア・ピアニズムの精髄はいちだんと輝かしく昇華することだろう。そして、ラフマニノフ内心の感情が打ち震えるのも、詩的に深く表現されるに違いない。
　リフシッツとラフマニノフの再会－－。巨人たちの足音が、ピアノの大地から聴こえてくる。歌に溢れた、雄大で繊細な心の響きもまた。

青澤 隆明(音楽評論)